君と僕の物語

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 うちの構内には他の大学からも羨ましがられるぐらい大きな図書館が併設されている。  空いた時にきては、好きな本やまだ読んだことのない本を探して。  誰にも邪魔されることなく読み(ふけ)っている時間が僕は大好きだ。  古い書物の匂いや他の誰かが静かに(ページ)(めく)る音やそれから窓際の陽だまりが出来る席の心地よさ。  騒音のない(おごそ)かな、だけど心地いいこの空間の中に彼女がいることを今日だって最初は認識できなかった。  だって彼女そのものが図書館(ここ)に溶け込んでしまっていて。  もしかして僕が気付かなかっただけで本当はずっとここにいたんじゃないかって勘違いするほど。  図書館の片隅で新書の整理をしているその姿がまるで絵画のようで。  今朝、彼女を初めて見た時と同じように鼓動が少しだけ早く鳴り出した……。    彼女、松村(まつむら) (はる)さんは、この4月にアルバイト職員として図書館(ここ)で働き出した、と誰かが言っていた。  静かで、だけど優しい微笑みの彼女にはある一定数ファンがいるようで。  短大を卒業したばかり(つまりは僕と同い年)で、司書補として将来は司書になるべく勉強中であること。  月曜日から金曜日までの9時から17時までが彼女の勤務時間で。  時々それ以降の時間もここにいて、その時間は好きな本を読んでいるようだ、と。  大学近くのカフェで夕飯らしきご飯を食べて珈琲を飲みながら借りて来た本を読んでる姿を見かけたこともある、らしい。  そう、それ等は全部彼女のファンと名乗る連中からの聞きかじりだ。  しかも聞き耳を立てまくって集めた勇気のない僕のせめてもの情報収集。  だって一ヶ月経った今も目を合わせて挨拶を交わすだけで僕はまだ彼女と一言も話ができていないのだから。  僕が知っている唯一の自分情報は。  彼女は物静かで穏やかで誰に対しても微笑みを絶やさずに丁寧に仕事をしていること。  中学、高校と男子校で本の虫でしかなかった僕にとっては女の子と話すことのハードルの高さと言ったら。  東京スカイツリーをクライミングするぐらいに厳しいものなんだよ。
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