間違えたその先

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『あと5分だけ……』 彼女のその言葉は俺を縛りつける魔法の言葉だった。 ガヤガヤと賑わう大衆居酒屋。 そこでいつものように仲の良い学生時代からのサークル仲間と酒を飲み交わす。 内容は仕事の愚痴だったり、新しく出来た美味い店だったり、本当に他愛のないことばかり。 ダラダラとただ飲んでだべる集まりだったけれど、俺にとっては何よりも大事な集まりだった。 「お、今日もちゃんと来てるじゃん! えらいね〜」 「マリ先輩〜、今日も家は大丈夫なんすか?」 「へーきへーき!今日はあっちも飲み会よー!」 ずっとずっと片想いし続けてきたサークルの先輩。 明るくていつもハキハキ喋る。男っぽく感じる事もあるけど、困ったときは優しく支えてくれる姉みたいな感覚だった。 いつからか惹かれていって、その感情に気づいた時にはもう手遅れ。 先輩には好きな人がいて、その人と恋人になっていた。 だから俺はこの気持ちに蓋をして、誰にも知られないようにと自分の奥底へと沈めた。 幸せそうにしている先輩を見てしまえば奪おうなんて気は起きなくて、ただの後輩の一人として一緒にいることを選んだ。 日に日に大きくなっていく気持ちに蓋をして、ただ無邪気に一緒にいられる事に満足するように誤魔化し続けた。 卒業してからも離れ難くて、定期的にこうやって飲み会を企画して接点を持った。 その頃には、もう先輩は結婚をしてしまったけれど。 「はぁ〜……もーしんどいわ」 「うっげ、またマリちゃんの惚気愚痴が始まるぞ〜」 「うっさいなぁ!ここくらいじゃないと話せないんだからしゃーないでしょ!」 酔いの回った誰かがそう言って先輩を煽った。 それに噛みつきながらビールジョッキを一気に煽って力強くテーブルへ置くと、先輩は拗ねたように唇を尖らせる。 その隣で日本酒をちびりちびりと口の中で転がしながら、俺は先輩へ笑いかけた。 「仕方ないっすね、今日も相談室オープンにしますよ」 「サンキュー! マジ助かる! でさぁ……」 怒涛の如く語られる先輩の愚痴に耳を傾ける。 うんうん、そっか、先輩も大変っすね、当たり障りなく反論する事なく愚痴を聞いて応えた。 新しく届いたビールジョッキを片手に、先輩は旦那さんの事、姑の事と不平不満を零していく。 そしていつもこの言葉で締めるのだ。 「でもなんだかんだ言って、好きなんだよね〜……」 その言葉がいつも俺の心を抉って、また新しい傷を増やしているのを先輩は知らない。
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