間違えたその先

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「そー言えば彼女出来たんでしょ? そっちはどうなのよ」 ふと先輩から投げられた爆弾に俺はビクリと肩を震わせてしまった。 「あ、え、まぁ……順調、っすよ」 向けられる視線がこちらを咎めているように感じられて、気を紛らわせるように持っているお猪口の中身を一気に煽る。 アルコールが喉を焼いていく感覚にギュッと目を瞑り俯いていると、隣から「ふ〜ん」と何か含みのあるような声が聞こえてきた。 「良かったじゃん! 大事にしてあげな」 屈託のない笑顔を浮かべる先輩に、また胸の奥がズキリと痛んだ。 そんな俺に気づく事なく、先輩はニヤニヤと笑いながら俺に言葉を浴びせてくる。 どっちから告ったのか、初デートははどうだったのか、どこまでの関係なのか、彼女はどんな子なのか……マシンガンの如く打ち込まれてくる言葉に詰まりながらも答えていれば、俺と先輩の話題が俺の恋バナになったのに気づいた周りが揶揄うように首を突っ込んできて、その日の話題は俺とその恋人の内容でもちきりになってしまっていた。 その2日後、俺は飲み会でどんなことがあったのかを初めて自分の恋人へ話した。 理由は本当に気まぐれで、何か話題にできそうなことがないかと考えていたらつい思いついて話したのだ。 あの時の周りの反応、変にからかってくる先輩達、羨ましいと騒いで酒を煽りすぎて潰れてしまった同級生、マリ先輩のことはあまり触れないようにして。 しっちゃかめっちゃかな飲み会の席、その内容に最初は目を丸くしていた恋人はクスクスと優しく笑いながら言った。 「楽しそうで良かった。  遅くなるのは気にしなくて大丈夫だから、楽しんで」 その言葉にちくりと胸が痛んだ。 この子は何も知らない。俺のマリ先輩への気持ちも、飲み会で必ずマリ先輩の隣に陣取っている事も。 恋人の事は確かに好きだ。 初めて会って話しかけたきっかけはただの気まぐれだったけれど、会うたびに好意を持ってくれているのは感じていたし、それも悪くないと思っている自分もいた。 告白した理由は現実から目を背けたかったという最低な理由だった。 マリ先輩が少し照れた様子で「私、結婚するんだ〜」と言った言葉を受け入れられなくて、目を背けたくて、逃げられるナニカを探して縋った。 縋るように抱きしめた体から感じる温もりに幻想を重ねて、あぁなんで俺じゃないんだろうと心の中で呟いて、誰にも教える事なく気持ちに蓋をして。 そんなクソ野郎な俺に、何も知らない恋人は優しく柔らかく笑いかけてくれる。 「……ありがと、遅くなるときは絶対連絡するから」 一緒に住み始めて、その心地よさから抜け出せない。 本当に都合が良すぎるとは思っていても、マリ先輩のことを好きなくせに恋人を解放してやることは出来なかった。
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