間違えたその先

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どこか不安があった。 恋人としっかりと向き合えるようになって、彼女のことを本当に好きだと思えるようになったけれど、まだマリ先輩に対する気持ちが残っているんじゃないかと。 もう終わらせたと思っている一欠片の感情が、またこの胸を焦がすんじゃないかという不安。 それが杞憂だったと確信が持てたのは、以前と変わらない様子のマリ先輩と言葉を交わした時だった。 「おー! 久しぶり〜」 「先輩久しぶりっすね。ちょっと太りました?」 「ちょ、みんなそれ言うね! こちとらこれでも減った方なんだけど」 「いやいや、だって以前と比べて顎に丸みが……」 「失礼すぎだわー! アタシ泣いちゃいそー」 そんな軽口を交わしながらビールを煽る先輩を見ても。以前のように感情が揺さぶられることはなかった。 以前のようにふざけて会話が続けられることに安堵しながら、隣に座るマリ先輩をチラリと盗み見る。 最後に会った時と全く変わらないように見えるのに、どこか違和感があった。 その正体に気付けないままに目の前のグラスが空になり新しいアルコールが届けられてまた空になっていく。 久しぶりに酒を飲むと言っていたマリ先輩のペースは今まで見たよりも早くて、ケタケタと笑い出した姿に本格的にヤバイと感じてストップをかけた。 「先輩、久しぶりっていう割に飲み過ぎじゃないです?」 「んぁ〜? へーきへーきだってぇ〜」 「いや、真面目にやばそうっすよ。  アル中で倒れられても困るんで酒はここまでにしてください」 「ヤダヤダヤダぁ〜! 今日はとことん飲むのぉ〜!  やってられるかっての〜!」 騒ぎ出した先輩を面白がって、他の人が群がるように声をかけ出す。 そんなみんなと言葉を交わしながらゲラゲラと笑うマリ先輩は、すこぶる楽しそうな姿とは真逆の言葉を突然ぶち込んできた。 「だってさぁ〜? こっちが必死に子供見てんのに旦那は仕事とか言って女と遊んでんだよ〜?  女と遊ぶ仕事とかなんだってんだよ〜! アタシもやりてぇわ〜!」 ピシリ、と音がしたように場の空気が凍った。 あんなに幸せそうだったのに、子供が生まれるとはにかんだ笑みを浮かべて話していたはずなのに、今は泣きそうに目尻を下げつつ笑うマリ先輩に俺は言葉を失っていた。 それは全員が同じだったようで、誰も何も言えずに先輩を見つめて固まっていた。 「アハハハ! ばっかだよね〜!  寝る間も惜しんで子供の世話してんのに、その子の父親は新しい女と子作りやってんだからさ〜ぁ〜!」 そう言ってまたグラスを空けたマリ先輩は、明るい声で次の注文を入れていた。
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