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トイレへと続く通路で程よく酔いの回った身体を覚ますために壁へともたれかかった。
店員が大丈夫かと不安そうに声をかけてきたが、問題ないことを伝えればそそくさと去っていく。
その姿を視界の端にいれながら、どのタイミングで戻ろうかと考えを巡らせた。
あのまま居座り続けるのはまずい気がした。
ずっと抱いていた先輩への恋心はもう過去のものだ。
いくらマリ先輩がつらくて苦しい状況に陥ってたとしても、コネも何もない俺が出来るのはせいぜい愚痴を聞くことだけ。
後輩らしく程よい距離を空けておかなければ、弱った心は簡単に勘違いをしてしまう。
同性であれば何も気にすることはないが、異性である以上しっかりと線引きをしなければとんでもない状況を生み出しかねない。
今の自分には大切にしたいと思う恋人がいる。
将来の話なんてまだできてはいないけど、ちゃんと先を見据えていこうと思っている相手を悲しませることはしたくない。
ポケットにしまっていた携帯を取り出した。
時刻は11時を回っていて、そろそろ帰らなければ終電を逃してしまう。
サッと携帯をポケットにしまって用を足してから鞄を取りに席へと戻ると、マリ先輩と向かいに座る女性は真剣な表情で会話をしていた。
あまり邪魔をしないようにそっと席に戻ってから鞄へ手を伸ばす。
「おかえりー! あれ、もう帰るの?」
「もう終電なんで帰らないとヤバイんすよ」
「えー? 前は朝までいたじゃん。
まだ平気っしょ?」
「いやいや、カノジョ寝てるだろうからあんま遅くなりたくないんすよ」
そう答えると一瞬だけマリ先輩の表情が強張ったように見えた。
思わず名前を呼ぶとハハハ、と力なく笑う顔がそこにはあって、罪悪感で胸が痛む。
「うん……うん、そう、だよね……
カノジョさん……大事にしてあげなきゃ、だよね……」
そう呟く先輩の右手が、俺の服の裾を掴んだ。
驚いてマリ先輩を見つめるが、先輩は俯いていて表情を窺うことはできない。
どうしたものかと思い先ほどまでマリ先輩と話をしていた女性へ視線を向けるが、彼女も呆れた様子で首を横に振るだけだ。
「ごめん……今日だけ、今日だけは……もう少しここにいて……
あと5分だけでも、いいから……」
そう言って俺を見上げてきたマリ先輩は今まで見たことがないほどに弱り切った表情をしていて、俺はただ黙ってその場に座り込むことしかできなかった。
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