17人が本棚に入れています
本棚に追加
平日の昼間、昼休憩の時間を使ってマリ先輩の付き添いのため探偵事務所までの道のりを並んで歩いた。
預けられなかったとしょげるマリ先輩は赤ちゃんを乗せたベビーカーを押していて、すやすやと気持ちよさそうに寝ている赤ちゃんは幸せそうな表情だった。
かわいいですねと赤ちゃんに向かって呟くと、先輩はこれまでに見たことがないような穏やかな表情を浮かべながら「うん……私の大切な人だよ」と微笑んだ。
そして顔を俯けると「これからこの子から父親を奪わなきゃいけないんだ」と泣きそうな声で呟かれて、俺は何も声をかけることができなかった。
マリ先輩が悪いわけじゃない、悪いのは旦那さんだけれど子供にはそんなこと関係ないと思うの、と呟いた先輩の言葉が、とても重たく聞こえた。
時間に余裕があるというマリ先輩へ、少し元気付けようとコーヒーチェーン店でドリンクを1杯おごった。
飲みながら事務所までの道をのんびりと歩いていると、すれ違う人が微笑ましいものでも見るような表情でこちらを見ているのに気づいて首を傾げるとマリ先輩がクスクスと笑いながら「仲良し家族に見えるのかもね」と言った。
何年か前にそんな言葉を貰えていれば手放しで喜べただろうけれど、今の俺はその言葉に喜ぶことは出来ない。
「俺、仕事着なんすけどね」
「そー言えばそうだった!」
そう言って悪戯っぽく笑う先輩にため息をひとつついてからまた歩き出す。
ベビーカーの車輪がたてるゴロゴロという音に紛れて呟かれた先輩の声には、俺は聞こえないフリをした。
「アンタを選んでたら、こんな風に苦しむことはなかったのかな……」
今の俺には、先輩へ傾ける気持ちは一つもなかったから。
最初のコメントを投稿しよう!