3.いつまでも、ずっと

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「昨日の瑞穂は、なんか無理に自分を納得させてる感じがあったから心配だったんだけど、大丈夫そうでよかった……」 「心配?」  三奈は眉を寄せて柚原を見た。彼女は不思議そうに「うん」と頷く。 「なんで?」 「なんで、とは?」  柚原も眉を寄せる。 「だって、あなたはあの人の友達なんですよね?」 「あの人って……?」  柚原は聞き返してきたが、その名前を口に出したくなくて三奈は無言で彼女を見つめる。すると彼女はようやく気づいたのか「ああ、明宮か」と笑った。 「そんなに明宮の名前、呼びたくないの?」  三奈は答えない。柚原は笑みを浮かべたまま「ま、いいけど」と呟いてから頷いた。 「そうだよ。わたしは明宮の大親友」 「なのに、どうして松池先生の心配するの? 友達じゃないのに」 「いや、友達だけど? 瑞穂も親友だよ」  それを聞いて三奈は「でも」と首を傾げた。 「松池先生はあなたのこと、あの人の友達って言ってたけど」  すると柚原は呆れたような笑みを浮かべた。そして「しょうがない奴だなぁ」と呟く。 「瑞穂はきっと、友達になるには口約束だとか何かのきっかけが必要だとでも思ってるんじゃないかな。まだまだ人間関係の基本について学ぶ必要があるな、あいつは」  笑みを浮かべたまま呟いた彼女は、しかしどこか寂しそうだった。そしてイベントショップへ視線を向けながら「友達じゃないなら、わたしは何なんだって話だよ」と続けた。  三奈もそちらに視線を向ける。どうやら柚原の娘と一緒に商品を眺めているようだ。その楽しそうな笑顔は、やはり学校での彼女とは結びつかない。 「松池先生、あの人のそばから離れる気はないって言ってました。友達としてでもいいから、そばにいたいって。あなたに頑張れって言われたからって」  三奈の言葉に、柚原は「うん」と優しい笑みを浮かべて頷いた。 「でも、その気持ち、まったくわたしには理解できない」 「へえ?」  柚原は目を丸くして三奈へ視線を向けた。 「じゃあ、あんたは美桜のそばから離れようと思ってんだ? 友達の縁を切る?」  三奈は柚原を睨むように見つめてから「切りたい」と言った。 「……なんで?」  柚原も睨むように三奈を見つめ返してくる。彼女に見られると居心地の悪さを感じるのは何故だろう。三奈は視線を逸らしながら「だって」と続けた。 「ずっとそばにいるだけなんてしんどいし、いつかまた美桜のことを傷つけるようなことしちゃうかもしれない。だったら、いっそのこと嫌われて友達の縁を切った方が――」 「ああ、逃げたいんだ?」  三奈の言葉を遮って柚原が怒ったような口調で言った。三奈は「は?」と彼女へ視線を戻した。しかし柚原の瞳を見て、すぐに顔を俯かせる。それはあの夜と同じ、怒りに満ちた瞳だった。 「逃げたいわけじゃない。わたしは、ただ美桜を守りたくて――」 「守りたい? よく言うよ」  柚原は鼻で笑う。 「自分が傷つかないために、美桜に決定権を持たせて逃げようとしてんじゃん。卑怯だわ、それ」 「え……?」  意味がわからず、三奈は顔を上げた。柚原は続ける。 「あんたが言ってるのは美桜に自分のことを嫌ってもらって、美桜に自分との友達の縁を切ってもらいたいってことでしょ?」 「それは……」 「友達やめたいなら自分からそう言えばいいじゃん。友達を続けるのは辛いからもう縁を切りたいって、素直にさ」 「そんなこと、できるわけない」  三奈は自分の手元に視線を落としながら言った。 「なんで?」 「だって、そんなこと言ったら美桜が傷つく。美桜の悲しい顔は見たくない」  ――もう、二度と見たくない。二度と、あんな惨めで悲しい気持ちは味わいたくない。  そうだ。柚原の言う通りだ。たしかに自分が傷つくことが嫌なのだ。  美桜が傷つくことによって自分が傷つくことが。 「だから友達の縁を切りたかったのに。なのに、美桜は――」 「美桜は?」  気のせいか、柚原の声色が優しい。三奈は両手をグッと握った。 「――死ぬまで友達でいるって」 「へえ。死ぬまで、か」  少し驚いたような声で柚原は言う。 「きっと、それがわたしへの罰なんだよ。今まで散々ウソついて人を傷つけてきたから。だから、ずっと美桜のそばにいて辛い思いをして生きていけって……」 「なるほど」  笑いを含んだような声に三奈は思わず顔を上げた。柚原は口元に手をあてて笑いを堪えていた。 「……笑うとこじゃないと思う」  低く言ってやると、柚原は「ああ、悪い」と謝った。しかしその口元には笑みを残したままだ。 「いやー、たしかに美桜の言う通りの性格だなと思ってさ」  三奈は眉を寄せる。 「美桜が?」 「うん。わたしさ、美桜ともよく話すんだよね。ご飯食べに行ったりとかしてて。そのときにあんたの話もしてたよ、美桜」  美桜が、と三奈は口の中で繰り返す。  聞きたいような、聞きたくないような複雑な心境である。彼女が自分の話題を赤の他人に話していたことが嬉しい。けれど、その内容が悪いことであったら耐えられない。だがきっと、悪い内容である確率の方が高いだろう。  だったら聞きたくない。  しかし、そんな三奈の気持ちを無視するように柚原は「美桜はね」と続けた。 「三奈はすごく捻くれてるし、つい感情のままに暴走したりするけど、とても優しい子だって言ってたよ」  それを聞いて三奈はさらに複雑な心境になる。その気持ちが表情に出ていたのだろう、柚原が怪訝そうに首を傾げた。 「どした?」 「……それは、褒めてるの?」 「どう考えても褒めてるでしょ。優しい子だって言ってんだから。でも美桜の言う通り、すごく捻くれてるし感情が暴走してる」 「どこが」  三奈が言うと、柚原は柔らかな笑みで「だって」と続ける。 「なんで美桜が言ったことを罰だなんて思うの?」  その声は思いがけず、とても優しい声だった。
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