アミアミの行方

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アミアミの行方

「君は網焼きのステーキを知っているかい?」 とても真面目な口調でそう聞かれた。 何故「食べた事があるか?」では無いのか謎だけど、網焼きのステーキを知っているかと質問されたら大概の人は「どんな?」と聞き返すだろう。 網で肉を焼くと言ったって色んな形状があると思うから、目の前で身を乗り出すように前屈みで椅子に座るおじさんが求めている画像とは違うかもしれない。 そしたら、格子状に焼き跡が付いたアメリカンなステーキだと教えてくれた。 大体の絵面は想像出来たけど話の脈絡が見えない。 「ステーキが何か?」 「彼の……三原くんの顔がアミアミになっていたんだよ、私もちょっとビックリした」 「バツの形の焼き目が付いていたって事でいいですね?」 「まあそう言う事だ」 これは「咲也さんがどうなったかを知りたい」と散々ごねたから出て来た解答なのだが、ドナーとレシピエントはあくまで分断されるらしい。幾ら聞いても、誰も咲也がどうなったのかはハッキリと教えてくれない。 でも少なくても生きてはいるよね? 咲也の望み通り撃ち殺したりはして無いよね? だって、もし死んでたら「顔がアミアミになってたなんて言わないよね? しかし、深刻な事になっているのは間違い無いと思う。それなのに俺は全然関係無いある光景を思い浮かべていた。 小学生の低学年から中学生までがごった混ぜになった院内学校での話だ。 外部から招かれた講師がさやかちゃんと正大くんの喧嘩をご両親に報告した。 「正大さんがさやかさんに膝カックンをされまして、見事に決まりました。そして、さやかさんが盛大な尻餅を付かれた為にスカートがめくれてしまい、ペンケースを投げたという訳です」 何の抑揚もなく淡々と事務的な口調で真面目に説明された為、加害者である正大くんのお母さんがブッと吹き出した。だから揉めたんだ。 構図は違うけど、内容の割に事務的な口調がちょっとほろ苦い懐かしい光景を思い起こさせた。 ……だけ。 実は、今向かいあっているのは警察では無くてお医者さんだった。 思い返すと全てがスローモーションなのに、途中からは早回しになって何も言えなかったし、何も出来なかった。 あの時聞こえた発射音は銃では無くて捕縛用の網を発射したのだそうだ。 しかし、あまりに至近距離だった為、咲也さんの顔にはアミアミの格子模様が付いたって話だった。 咲也さん、あなたと言う人は何をやらせてもちょっとだけ抜けてて楽しい人だね。 凄く興奮してたからだと思うけど、俺はいつ病院に着いたのかを知らない。 注射とか何か飲まされたとかさえわからない。 気が付いたら朝だった。 母も来てたんだって。今はホテルらしいけど。 警察の人に弁明する機会はまだ無いから必死で訴えたのはお医者さんが相手だったけど、「君の持つその感情は「ストックホルム症候群」と言う症例なのだよ」そう言い捨てられた末、強制的な入院の憂き目にあっている。 違うし。 咲也に同情なんかしてないし、人質では無かったし、監禁も拘束もされてない。 咲也さん。 ごめんなさいでは済まないところまで来てたね。 何度説明しても誰も話を聞いてくれない。 咲也さんは事故の後病院で受けた説明に物凄い勢いで反対したんだってさ。「深雪はまだ生きてる」と。 捜索願いに基づき、俺を見つけた警察が同行者の身元を調べた結果、咲也だとわかった時にどれだけ深刻になったかは今ならわかる。 誰もが……親族は勿論、病院の関係者だってコーディネーターだって辛い思いをする事なんだ。 治療が必要なのは俺じゃなくて咲也だと思う。 無残にも欠け落ちた心に、今この胸の中にある温かい気持ちを移植したい。 「深雪」が咲也を連れて温泉に来たのは謝りたかっからでは無いのだ。 一緒にいたかった。 笑う顔が見たかった。 「楽しかった」と「幸せだった」と伝えたかったからなんだ。本当に、本当に、咲也さんの事が大好きだった。 だから伝える。 何としてもでももう一回会って深雪として伝える。 だってトクトクと揺れる胸の鼓動にせっつかれてる。 昨日見た夢はそういうことだよね?深雪さん。 だって、悲しい気持ちにはならなかった。 夢の中の俺は深雪さんだったんだと思う。 だって背が低かったし、多分だけどヒールのある靴を履いていた。 胸にいる深雪さんの心が見た夢だったんだ。 明るく、楽しい夏を待ちわびる子供のような、ウキウキとした高揚しか無かった。 その為に、究極の世間知らずで未成年の俺に出来る事は少ないが、まず、しなければならないのは両親に本当の気持ちをわかって貰う事だ。 少し窮屈だった事。 もし、この先に体に異常が出る事があるとしても、出来る事を出来るうちにやってみたいのだと伝えたい。 そこを分かってもらえたら、被害届を取り下げて貰う。そしたら刑法に引っかかる何かが無ければ最終的には謝れば済むよね。 そんなに甘く無いかもしれないけど、咲也って何でも「ごめん」で済みそうな人だから大丈夫だと思う。 そのついでに、咲也は恋人なのだと親に伝えたらどんな顔をするか見ものだ。これは半分本当なのだから騙す訳じゃない。胸を張って「彼氏です」と紹介しよう。 そして、来年でいいけど海に行きたいからもう少し体力を付けてからアルバイトに挑戦してみる。 そんな風にしたい事をして待っていればきっとすぐに「深雪」って呼ぶ騒がしい声が背中の方から聞こえてくると思う。 そしたら、まずは1000円返す。ローンは仕方がないからね。 咲也の傷は多分一生癒えたりしない。 死にたがりはまだ当分続くと思えた。 だから約束を途絶えさせたりはしない。 夏が終わったら秋、そして冬になれば豪雪地帯に深雪を見に行こう。 深雪さんのお父さん、「深雪」って名前は全然儚く無いと思う。全然溶けないし、硬いし、夏の手前まで残ってたりするし、しぶといの間違いじゃ無いのか?カッチカチの雪だるまを深雪に埋めてどれぐらいしぶといか証明してやる。 そのついでにワカサギでも釣ってこよう。 やった事ない遊びはまだまだ山程ある。 死にたいと言って腰を抜かす咲也には一生付き合い見張っていなければならないと思う。 だって。 俺は深雪なのだから。 終わり。
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