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「竹は商店街からいきなり伸びたりはしない。あれは七夕用に設営されたものだ」
れっちゃんは至極真面目な顔で俺に言って、持ってきたバイオリンのケースにそっと触れた。
「ヴァネッサにこの天の川を見せたい」
「……弾いてもいいんじゃない? 夜だけど、民家も遠いしさ」
「そうだな、では少しだけヴァネッサに出てきて貰おう」
ヴァネッサというのはれっちゃんのバイオリンのことで、いつも傍らに持ち歩いている。
「ねえれっちゃん。商店街の短冊? にさ、お願い書いてきたんだあ」
「そうか」
「願い事聞きたくない?」
「そういうのは人に言うものでもないだろう。ジェノ、少し黙っててくれ。ヴァネッサが歌う」
気難しそうに俺の言葉を遮断したれっちゃんのバイオリンの音色は、天の川の下でとても美しく鳴り響いた。
れっちゃんはオブジェクトセクシャリティ……つまり対物性愛者だ。人を好きにならない。バイオリンを愛している。それは単なる愛用の楽器に向ける感情ではなくて、だから俺の気持ちが通じることは多分一生かかっても、ない。
短冊に書いた願い事を伝える気は、本当はなかった。俺は知っているからだ。知っているけど一緒にいる。
俺がれっちゃんを好きでいる限りは、この恋は終わらない。
終
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