5人が本棚に入れています
本棚に追加
ピアスをつけて戻ってきた蜜花と老舗の映画館、コバト座へ向かう。少し電車に揺られて何事もなく駅に到着し、飲み屋街の路地を話しながら歩いている。コバト座の立地は、この道を通るのが一番近い。
「ねえねえ蜜花。このピアス何モチーフに見える?」
「蔦かなって思ったんだけど」
「あたしには蛇に見えた」
「蛇? それ蛇なの?」
「知ってる? あたしの『巴』って蛇の意味あるんだって」
「知らなかった」
蜜花はきょとんとして、巴の耳元をじっと見つめた。銀色のピアスがゆらゆらと揺れている。巴はそれを自分で外して、蜜花の耳にあてがってみた。
「うーん、蜜花には、ちょっと合わないデザインかな?」
「あたし、子供っぽいから……」
「そんなことないよ」
それは巴の本心からの言葉だったが、蜜花は自分に自信が持てないようだった。
何年、離れていただろう。
小学校を卒業してから大学に入るまでの空白。巴は指折り数えてみる。
「ん、どうしたの?」
「いやあ……中高って、蜜花の愛らしい時期を見逃したなあって、残念に思ってたんだよ」
「愛らしくないよ」
「蜜花の通ってた学校、制服可愛いしさあー。公立校と違って、なんかセレブ感あったよねえ。お嬢様学校ての? なんであの学校行ったの」
「……うん、色々。ごめんね巴ちゃんに相談もなく」
過ぎ去ったことに対して、蜜花は本当に申し訳なさそうに謝罪する。
「まあいいよ。それよりさあ……今度あたしに入れてねって言ったの、覚えてる?」
「えっなに」
「ピアスだよー。……ん? なんか変な想像しちゃったかな?」
「だって言い方……」
蜜花は巴の言う「変な想像」をしたらしく、顔を赤らめた。結構想像力が豊かなようで、何よりだ。
「さ、コバト座着いた。席についたらして貰おっかなー。おっと、今日は目の保養になりそうなイケメンいるかな?」
小さな映画館のロビーを見回したが、特に目ぼしい人物は見当たらなかった。
先週は同じ大学の有名人、珠雨くんがイケメン彼氏(仮)と来ているのを見つけたが、そうそう出くわすわけもない。
「ねえねえ蜜花。そいやあたし、先週大学で珠雨くんと話したよ」
「え、小野田さんと? 何話したの」
「軽く世間話をね。仲良くなりたいなーと思って」
「――そう、なんだ」
蜜花の表情が曇ったのに気づき、その手を握る。
「あの人女の子なのに、その辺の男の子よりカッコイイよねー。でも蜜花が心配するようなことは、何もないよ。中入ろ」
「心配なんて……してないけど」
「ふうん? じゃあ、手ぇ繋いであげなぁい」
「えっ何それ!」
「心配して嫉妬心燃やしてよねー」
巴は笑いながら、薄暗い劇場内で手を離す。しかし自分から離した手がとても心許なく、すぐに不安になり振り返る。背後に蜜花が立ち止まっていた。
「ん、どした」
「……暗いから、手、繋いで」
「子供か! ほら、おいで」
蜜花から手を繋ぐことを求められて、顔が綻びた。本当は巴自身が繋ぎたいのを自分で知っていたが、それは言葉にはしない。あくまでも蜜花から求められるのが良い。
いつ、手に入れたら良いだろう。
焦らすのは楽しいが、実際に手に入れたらもっと楽しいだろう。手中に収めたら、何をしよう。考えたらどきどきしてきた。
蜜花のことを考えるといつだって暴走しそうになる。けれどそれを相手に気取られないように、巴は顔を引き締めた。
螺旋の蛇が蜜花を絡め取る妄想が頭をよぎる。
けれど本当は違うのかもしれない。花の蜜に引き寄せられ、囚われているのは巴自身なのではないか。
繋いだ手から、脈打つ鼓動が伝わってしまいそうだ。
最初のコメントを投稿しよう!