螺旋の蛇

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 ピアスをつけて戻ってきた蜜花と老舗の映画館、コバト座へ向かう。少し電車に揺られて何事もなく駅に到着し、飲み屋街の路地を話しながら歩いている。コバト座の立地は、この道を通るのが一番近い。 「ねえねえ蜜花。このピアス何モチーフに見える?」 「蔦かなって思ったんだけど」 「あたしには蛇に見えた」 「蛇? それ蛇なの?」 「知ってる? あたしの『巴』って蛇の意味あるんだって」 「知らなかった」  蜜花はきょとんとして、巴の耳元をじっと見つめた。銀色のピアスがゆらゆらと揺れている。巴はそれを自分で外して、蜜花の耳にあてがってみた。 「うーん、蜜花には、ちょっと合わないデザインかな?」 「あたし、子供っぽいから……」 「そんなことないよ」  それは巴の本心からの言葉だったが、蜜花は自分に自信が持てないようだった。  何年、離れていただろう。  小学校を卒業してから大学に入るまでの空白。巴は指折り数えてみる。 「ん、どうしたの?」 「いやあ……中高って、蜜花の愛らしい時期を見逃したなあって、残念に思ってたんだよ」 「愛らしくないよ」 「蜜花の通ってた学校、制服可愛いしさあー。公立校と違って、なんかセレブ感あったよねえ。お嬢様学校ての? なんであの学校行ったの」 「……うん、色々。ごめんね巴ちゃんに相談もなく」  過ぎ去ったことに対して、蜜花は本当に申し訳なさそうに謝罪する。 「まあいいよ。それよりさあ……今度あたしに入れてねって言ったの、覚えてる?」 「えっなに」 「ピアスだよー。……ん? なんか変な想像しちゃったかな?」 「だって言い方……」  蜜花は巴の言う「変な想像」をしたらしく、顔を赤らめた。結構想像力が豊かなようで、何よりだ。 「さ、コバト座着いた。席についたらして貰おっかなー。おっと、今日は目の保養になりそうなイケメンいるかな?」  小さな映画館のロビーを見回したが、特に目ぼしい人物は見当たらなかった。  先週は同じ大学の有名人、珠雨(しゅう)くんがイケメン彼氏(仮)と来ているのを見つけたが、そうそう出くわすわけもない。 「ねえねえ蜜花。そいやあたし、先週大学で珠雨くんと話したよ」 「え、小野田さんと? 何話したの」 「軽く世間話をね。仲良くなりたいなーと思って」 「――そう、なんだ」  蜜花の表情が曇ったのに気づき、その手を握る。 「あの人女の子なのに、その辺の男の子よりカッコイイよねー。でも蜜花が心配するようなことは、何もないよ。中入ろ」 「心配なんて……してないけど」 「ふうん? じゃあ、手ぇ繋いであげなぁい」 「えっ何それ!」 「心配して嫉妬心燃やしてよねー」  巴は笑いながら、薄暗い劇場内で手を離す。しかし自分から離した手がとても心許なく、すぐに不安になり振り返る。背後に蜜花が立ち止まっていた。 「ん、どした」 「……暗いから、手、繋いで」 「子供か! ほら、おいで」  蜜花から手を繋ぐことを求められて、顔が綻びた。本当は巴自身が繋ぎたいのを自分で知っていたが、それは言葉にはしない。あくまでも蜜花から求められるのが良い。  いつ、手に入れたら良いだろう。  焦らすのは楽しいが、実際に手に入れたらもっと楽しいだろう。手中に収めたら、何をしよう。考えたらどきどきしてきた。  蜜花のことを考えるといつだって暴走しそうになる。けれどそれを相手に気取られないように、巴は顔を引き締めた。  螺旋の蛇が蜜花を絡め取る妄想が頭をよぎる。  けれど本当は違うのかもしれない。花の蜜に引き寄せられ、囚われているのは巴自身なのではないか。  繋いだ手から、脈打つ鼓動が伝わってしまいそうだ。
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