花の蜜

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花の蜜

 南蜜花(みなみみつか)は今年から地元の大学に通っている。  小学生の時に仲の良かった佐倉巴(さくらともえ)と大学で再会し、それからは毎週一緒に映画館を訪れる関係になっていた。  蜜花は普通に公立中学に行った巴とは違い、中学受験をして中高一貫の私立校を選んだ。その為家は近くても交流は途絶えていたが、大学で再会した時は複雑な想いを抱きながらも嬉しかった。  日曜日の午前中シネコンの入口で待ち合わせし、封切りされたばかりの映画を観賞したあと、少し遅いランチを一緒に摂っていた。注文したランチプレートに手をつけながら、蜜花が提案する。 「ねえ、サクちゃん。コバト座で今やってる映画、今度見に行きたいんだけど、いい?」  小学生の時の呼び名で呼ぶ蜜花に、巴はちょっと首を曲げてみた。 「いつになったら巴って呼んでくれるの?」 「……うぅん、サクちゃんはサクちゃんなんだよ」 「巴って呼びにくい?」 「言い慣れないから、……と、巴ちゃん」  もじもじしながら小さく言った蜜花の頬に朱が散った。その様子を見て、巴は困ったようなため息をつく。 「ま、いっか……無理に言わなくても。で、何。コバト座? 好きだよねー」 「だってあそこ、雰囲気が良いじゃない? あと作品のチョイス。マニアックなんだよね」 「じゃあ今日はハシゴして、これからコバト座に行こっか?」 「ええっ、贅沢な休日。映画二本!」 「たまにはいいんじゃない? 今何やってるの? コバト座って」 「うん、蜥蜴の尻尾を集めてる男が主人公で……サスペンスなのかな?」 「何それ。微妙に気になる」 「四時半からだから、のんびり行こ」  店を出て、時間調整でアクセサリーショップに立ち寄ってお互いのピアスを選んだりしながら、二人でコバト座までの道のりを歩く。  小学生の時は、当たり前のように一緒にいた。蜜花が私立校を受けるのを黙っていたから、巴としては同じ中学に進むものと思っていただろう。  言わなかったのは、受験に失敗した時の気まずさを考えたのと、別の進路を選ぼうとしていることに対する後ろめたさからだった。 「今日は雨、大丈夫かなあ。朝降ってなかったから、折り畳み持ってこなかったんだよね」  巴が空を見上げながら呟く。今は七月で、そろそろ梅雨明けとは言え不安定な天気が続いていた。 「もし降ってきたら、あたし持ってるから大丈夫」 「え、二本?」 「一本だよ。でも二人で差せばいいし」  蜜花は持っていた自分のトートバッグの中身を確認し、傘の存在を目視する。二本も持っているわけがない。 「んじゃ、その時はよろしく」  飲み屋街を抜けて、コバト座に辿り着く。女の子一人ではあまり歩きたくないが、二人なら安心だ。  昭和に建築された古い映画館は、独特の存在感を持ってその場に佇んでいる。だいぶシネコンに押され、昔ながらの映画館はほとんど閉館に追い込まれていたが、いつかはコバト座もそうなるのだろうか。  それは寂しい気がした。蜜花は古めかしい看板を見上げながら、少し物思いに浸る。 「ほらー、蜜花。入ろう?」 「あ、うん」  巴に促され、二人でコバト座に入った。
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