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愕然とする彼らに応じたのは、終始気怠げな宰相。眉目秀麗な眉間に、皺が刻まれる。
「まさかとは思いますが、魔王様のご命令に不服が? 上級の分際で、魔王様に意見するのですか?」
「あ、いや、そんな……滅相もございません……」
青い顔をした処罰対象者たちは、魔王の顔を見ることができなかった。目をあらぬ方へ逸らし、泳がせている。額からは、玉のような汗が吹き出していた。
鋭い黒曜の瞳に射抜かれれば、それだけで命を奪われる錯覚に陥っていたのだ。
宰相が憐れみを宿した瞳で、眼下のゴミクズたちを見下す。艶のある静かな声音が、放たれた。
「喜びなさい。寛大な魔王様は、貴方たちの無礼な発言を聞き流してくださっている。……わかりましたら、偉大な魔王様の御前です。その醜く汚い容貌を見せず、頭を下げなさい」
ハッとして、慌てて平身低頭。体を震わせながら、滑稽な姿を曝す彼らを睥睨し、魔王は顎で宰相に合図した。
受けた男は、一つ頷く。跪く彼らへ、向き直った。
「もう用はありません。連れて行きなさい」
気怠げな命令に、きびきびと動くのは近衛兵。例の三名を連れ、玉座の間を出て行った。
「今の者たちで最後か? では宰相、後は任せる」
「承知致しました」
立ち上がり、くるりと踵を返す青年。控えていた臣下たちは、皆一様に頭を垂れた。
部屋を出た魔王は、しかめ面をしながら廊下を進む。擦れ違う者たちは、誰もが端に控え恭しく頭を下げた。声を掛けて良い雰囲気ではないことを、一目で察している。
まっすぐ彼が向かったのは、唯一のプライベートルーム。魔王の寝室がある部屋だ。
魔王と、彼の許可した者だけが入室を許される。誰も近付かないが、間違って他の者が侵入できないよう、魔法で結界を張っていた。
理由は、ただ一つ。彼には、誰にも知られてはならない秘密があるからだ。
「魔王様、失礼してもよろしいでしょうか?」
部屋の外から男を呼ぶのは、気怠げな声。
青年は、応じる。幼い頃から自身を知る、気の置けない宰相を招き入れた。
「魔王さ――もうスイッチオフですかー? 早いですね、ブラッド」
「良いだろ。お前しか見てないんだから、グラン」
ブラッドと呼ばれた、現魔王――百代目魔王ブラッドショットアイオライトは、自身のベッドへうつ伏せにダイブしていた。
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