冷めぬ、熱【短】

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全身の毛穴から滝のように汗が流れている。 私はそれをタオルで拭くこともせず、首を軽く振って耐えた。 もう、何もかも流れ出ちゃえば良いんだ。 今日はとことんデトックスの日にしよう。 「ここ、よろしいですか?」 「はい、どうぞ」 私より20歳くらい上の女性が入ってきて、私の横に腰掛けた。 「あなた、さっきからずっといない?大丈夫なの?」 「大丈夫です。サウナが好きなので...」 おばさんは「そうなの。よく耐えられるわね」と言いながら、タオルで汗を拭った。 私はもう10分程入っているので汗だくである。 もっとも、汗だけではなくて涙も混ざっているんだけど...。 おばさんはタオルで額を拭きながら、私をチラリと見た。 「あなたは1人で来たの?」 「はい。今日、1人になったんです」 しばらく間があった。 「あら。そういう意味で聞いたんじゃないのよ、ごめんなさいね。...長いこと一緒にいたの?」 「7年付き合いました。最後の方は情でダラダラという感じですけど」 「今日、何かきっかけがあったんでしょう?」 私は今朝の事を思い出していた。 同棲していた彼と、3ヶ月ぶりの外デートの予定だった。 私はとても楽しみにしていたのに、前日飲み歩いていた彼は昼になっても起きず、私が起こしても「あと5分だけ寝かせて...」と呟くだけだった。 彼のルーズなところに、私はいつもイライラしていた。 勇気を出して結婚の話題を出しても「ちょっと待って」と言うだけ。 私はもうこれ以上待てなかった。 今朝の一言が引き金になって、今まで溜まったものが耐えきれずに切れたのだ。 「その彼もびっくりね。あと5分がこんな一生に関わるなんて思っていなかったでしょうね」 「...私が我慢するべきだったのかな」 「あなたは十分我慢してきたのだから、それ以上我慢する必要はないわ。たかが5分でも彼女の時間を無駄にする男なんて付き合うだけ無駄よ。今度はあなたが待たせるくらいの良い男を見つけなさい」 相変わらず汗は止まらないが、気がつくと涙は止まっていた。 「...何だか元気が出ました。ありがとうございます」 「それは良かったわ」 室内の時計を見ると、サウナに入ってからもう15分が経過していた。 私はゆっくり立ち上がり、おばさんにお礼を言った。 「じゃあ、お先に失礼します」 「どういたしまして。...私はあと5分耐えるわ」 サウナで出会った見ず知らずの人に勇気付けられ、私は清々しい気持ちになっていた。 身体の中から新たな熱が生まれていた。
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