【1・私はWhy?】

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 校内で孤立している私でさえ、彼女のことは知っていた。なにしろ、しょっちゅう校門前で、何人もの若い男子たちに囲まれている超有名人だから。  年齢的に見てほかの大学の学生なのであろうその彼らは、大多数が車で乗りつけてくるようで、遠目からでもいい身なりをしているのがわかる。  彼女がなぜそんな男子たちにもてはやされるかというと、答えは簡単。ファッション雑誌の表紙を飾っていても、有名ブランドの新作コレクションに出演していても、誰も違和感を覚えないほどの美しさを、抜群のスタイルとともに兼ね備えているから。  でも、授業となると男子を引き連れることなどできないので、彼女はいつもひとりで教室のドセンターに陣取り、つまらなそうに机に頬杖をついている。―――といったことを知っているのは、彼女と同じ講義を受けることが結構あるから。  おそらく彼女も英米文学科なのだろう。  また小耳に挟んだ話によると、どうやら四年生らしい。しかも何年も四年生をやっているという。  それにしても、裕福な家の娘が多いとはいえ、だいたいの最上級生はすでに就職活動を始めているというのに、校内の彼女からはあせりどころか、 「シュウショクってなあに? つくろって飾ること?」   といわんばかりの、のんびりした気配が漂っていた。  そんな彼女の態度も頷ける噂を、あるとき耳にした。  彼女はほかの生徒とは比較にならないほどの富豪の令嬢で、加えて御萌家は、祖父の代からこの大学の理事を務めているらしい。  とすれば、就職のことなど毛ほどにも思わないのは納得できるし、一度として同じ服の姿を見たことがないこともしかり。  だったら、男子が入り込めないキャンパス内では、逆に女子連中が取巻きにかわってもおかしくないように思った。なにしろ一緒にいてご機嫌をとっていれば、二枚目のひとりやふたりまわしてくれそうだし、就職のことだって、大金持ちの家であるからには、知り合いの二流企業ぐらい世話してくれそうなものだ。  だが彼女は、いつもひとりっきりだった。  躰全体から滲みだす彼女の美のオーラと、「この世はすべて自分のもの」といったような大きな態度に、みな尻込みしてしまうのか……。  おまけに性格が極悪、という評判も、逡巡の要因になっているのかも。
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