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「あ、それはさすがに……はい。はい。そうですよね。ちょっとデザイナーと相談致します。失礼いたしました。では」
逃げるように言って、丹代はスマホの切電ボタンを押した。
顔を上げると、真っ暗なオフィスに、モニターの明かりと、自分の白い手だけが浮かび上がっていた。
一人なのをいいことに、目の前の机に倒れ込むように額を乗せ、大きな溜息を吐く。
バナーの最終稿。来週配信だというのに、この期に及んで一から案を出しなおして欲しい、というのはなかなかクるものがあった。
四月から始まった某アパレル企業のWEBアカウント担当。
少し仕事が楽になるかと思ったが、想像以上にハードだ。
コンセプトのすり合わせ、デザイナーの選定、分析レポートの作成。
当初簡単だと思ったそれは、相手企業側が想像以上にWEBの知見が豊富だったために、途端に対応がしづらくなった。
こちらが何を提案しても、知見がある先方につつかれる。
最近は、その出戻りの多さに上司からも苦言を呈された。
「もうちょっとさ、出戻らない伝え方勉強しない?
事前のすり合わせきちんとできてる?」
わかっていた。自分の準備不足なことも。
そして――……自分が、決して要領よくはないことも。
鼻面に、ツンと上がってくるものがあった。キュッと喉に力を込めて、それをとどめる。
怠さがわだかまっている身体を机から起こすと、時計を見た。
午後九時。
日頃午前様なので、普段なら休憩を入れる時間だ。
けれど、この状況だ。休む時間はあるのか、と自分を問いただす。
その瞬間、遠くから地響きのような音が聴こえてきた。
腹の底を叩くようなその音は、今日の同僚の会話を思い出させた。
(今日は……)
思い出したその会話に、自分の胸に懐かしさと切なさ、後悔が去来する。
束の間、立ち上がるかどうかを逡巡したが、デスクの下の自分の鞄をスマホで照らすと、財布を取り出して立ち上がった。
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