1/2
前へ
/6ページ
次へ

 仄明るいオフィスで、堂場は眉間の皺を指でもみ込んだ。  既に誰もいない箱の中で、パソコンの稼働音だけが微かに鳴っている。  少し目を開け、目の前のディスプレイを睨む。内容を確認しようと努めるが、先ほどまでの集中力はもはやない。  諦めて目を瞑りワークチェアに背を預けると、力いっぱい伸びをした。  そして力を抜き、だらけた姿勢のまま、画面の中のパワーポイントを見つめた。  敵対する商社から、顧客を掠め取るためのその資料。  ここ最近、遅くまで作業を進めていた甲斐もあり、完成は見えていた。  今日からは会社に残らずとも何とか終わるだろう。  この業務を後押ししてくれた上司の言葉がふと浮かぶ。 「この仕事、お前にとって天職なんじゃないか?」  営業成績は悪くない。人当たりは少々大雑把だが、その媚の無い様子がまた良い。  堂場の職場での評価は大半がその姿勢を誉めるもので、自身もそういった評価が嫌いなわけではなかった。  ――けれど、不明な飢餓感はいつでも付きまとった。  ここにいるべきでは無いような、どうしようもない苛立ちを時たま覚えた。  だからと言って、自分の現状を変えようという気は、自分には無いのに。    ふと、壁を見上げる。  時計の針は午後九時を指していた。  今日の仕事の目途は立った。立っているのだが。  堂場は、少し虚無に浸ったあと、その身体を起こした。  どこかで、低い地響きがした。  その時、自分の鼻先を線香の匂いが掠めたような気がした。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加