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一
仄明るいオフィスで、堂場は眉間の皺を指でもみ込んだ。
既に誰もいない箱の中で、パソコンの稼働音だけが微かに鳴っている。
少し目を開け、目の前のディスプレイを睨む。内容を確認しようと努めるが、先ほどまでの集中力はもはやない。
諦めて目を瞑りワークチェアに背を預けると、力いっぱい伸びをした。
そして力を抜き、だらけた姿勢のまま、画面の中のパワーポイントを見つめた。
敵対する商社から、顧客を掠め取るためのその資料。
ここ最近、遅くまで作業を進めていた甲斐もあり、完成は見えていた。
今日からは会社に残らずとも何とか終わるだろう。
この業務を後押ししてくれた上司の言葉がふと浮かぶ。
「この仕事、お前にとって天職なんじゃないか?」
営業成績は悪くない。人当たりは少々大雑把だが、その媚の無い様子がまた良い。
堂場の職場での評価は大半がその姿勢を誉めるもので、自身もそういった評価が嫌いなわけではなかった。
――けれど、不明な飢餓感はいつでも付きまとった。
ここにいるべきでは無いような、どうしようもない苛立ちを時たま覚えた。
だからと言って、自分の現状を変えようという気は、自分には無いのに。
ふと、壁を見上げる。
時計の針は午後九時を指していた。
今日の仕事の目途は立った。立っているのだが。
堂場は、少し虚無に浸ったあと、その身体を起こした。
どこかで、低い地響きがした。
その時、自分の鼻先を線香の匂いが掠めたような気がした。
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