幸せの五分どろぼう

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「別に何もなかったな」 「いやいや、外見てみろって」  少しだけ期待していた自分を恨みつつ、釈然としない気持ちで席に戻って不満をこぼすと、尚文はいたずらが成功した子供のような顔で、外を指さした。 「うわ、光った。さっきまでめっちゃ晴れてたのに、雷?」 「雨もきそうだよな。さっき出てたらずぶ濡れだ。ちょっといいこと、あったろ?」 「どっちにしてもトイレ行きたかったし、これのおかげ感はいっさいないけど。まあ結果的に助かったか」  完全に空になったアイスコーヒーとスマホを交互に眺めて、雷雨が収まるのを待つ。  その間、すっかり気をよくした尚文が、これまで如何にして、どろぼうさんがいいことを運んできてくれたのか、熱弁をふるっている。  どれもこれも、その五分をどうにかしなくてもどうにかなった気がする、程度のものばかりだ。 「まあ本人が信じてるならいいんじゃないの、のめりこまなければ。悪いけど俺は消すわ」 「そうかよ、まあいいや。よし、今度こそ出るか。の前に俺もトイレ」  ほいよ、と見送って少しもしない内に、「うわ、つめて」と尚文の声が聞こえてくる。  見れば、同年代くらいの女の子が、飲み終えたグラスを返却口に戻しにいく途中でつまづき、尚文に思い切り水がかかってしまったようだ。 「大丈夫だった?」 「な? 言っただろ?」 「何を?」  びしょ濡れで帰ってきたのに、尚文はへらへらと笑っている。 「話してみたら同じ大学だったから、連絡先交換してきた」 「うわ、たくましいっつうかなんつうか」 「で、今日の俺のお願い事がこれなわけ」  尚文が見せてきた画面を覗き込むと、「スペシャルどろぼうチャンス! 今日会う友人にこのアプリをこっそり教えてあげてね」とある。相変わらずひどいセンスだ。 「スペシャル系のお願いはバックがでかいんだよ。ありがとな、おかげで彼女ができました」 「馬鹿なの? 水ぶっかけられただけじゃん、まだすぎるだろ」 「きっかけ、大事」 「わかったわかった、もう本当に行こう」片言でへらへらしている尚文を置いて立ち上がる。  尚文があたふたと身支度を整えている間に、消すと宣言した例のアプリを、こっそりお気に入りフォルダに移動した。  夏も、夏休みもまだ長く、自由な時間は潤沢に残っている。  例えばその中の五分間を、特に意味のないことに費やしてみることも、できなくはない。  だからどうしたというわけでは決して、決してないけれど。
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