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今年の夏が冷夏になる、なんて言ったのはどこの誰だろう。
もしかしたらそんな人は最初からいなくて、そう思いたかっただけかもしれない。
すっかり溶けてしまったバニラアイスクリームを、スプーンの上にかき集めて口に運ぶ。
向かいには、ほとんど氷だけになったアイスコーヒーをすすって、スマホをぼんやり眺める男が一人。大学の友達、尚文だ。
「それなりに涼んだし、出る?」
「あと五分とちょっとくれ」
それならトイレを済ませておこうか。
外の暑さから逃れた勢いに任せて、アイスコーヒーにバニラアイスクリームをつけたのがいけなかった。
断続的に小さな悲鳴をあげはじめた腹をさすり、席を立とうとしたところで、目の前にスマホが突き出される。
「どこ行くんだよ。五分ちょっとくれって言ったろ。これ知ってる?」
「知らない。なにこれ。語呂の方針がおかしくない?」
幸せの五分どろぼうと丸っこいフォントでタイトルされている。アプリのタイトル画面のようだ。
「今送ったからとりあえず落としてみろよ」新着メッセージを受信した機械音がほぼ同時に鳴る。
「わけわからんやつ増やしたくないんだけど」もちろん、見るまでもなく拒否だ。端的に言えば面倒くさい。
「一日一回、五分間を幸せどろぼうさんに盗ませてあげましょう。お礼にちょっといいことがあるかも」
「馬鹿なの? どろぼうさんは盗んだお礼とかくれないから」
人さし指をくるくるさせて裏声を出す尚文に、じっとりとした視線を返す。
「いいからほれ、どうせ暇だろ。それともここ出て、なんか面白いとこに連れてってくれんのか。炎天下の中をうだうだやるだけなんだし、いいだろ五分か十分、十五分くらい」
「十五分て。怪しいアプリより多めにとってくのかよ」
しぶしぶメッセージを確認して、アプリを落とす。
暇なのは確かであるし、もう五分か十分、十五分を炎天下ではなくカフェの中でうだうだしても、大きな問題はない。
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