夏の終わりのプレイボール

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 神宮の青空を、伊坂くんは変わらずダグアウトから見上げている。 「佐々木さん」  関川くんに声を掛けられ、立ち上がる。 「はちみつレモン見当たらないんだけど」 「あ、ごめん。こっちに入ってる」  ベンチの下の保冷ボックスからタッパーを取り出すと、関川くんはくすくす笑い出した。 「急に思い出した。佐々木さんが初めて作ったはちみつレモン、皮ついたままだったよね」  最初の練習試合。いや群馬遠征?  私は顔が真っ赤になった。 「それ今言う?」 「伊坂、今でも言うよ」 「ヤな奴」  私は伊坂くんの方を見て言った。  反応しない。  口元の緩みが消えていた。  もうコンセントレーションに入っている。  関川くんは緩やかに微笑む。 「……あの時佐々木さんが受けた球が一番速かったって。見てないけど、俺もそう思うよ」  選手とマネージャー。  男と女。  あなたと私。  全ての境界を飛び越える、一球だけのストレート。 「まあ、正捕手は俺だけどね」 「……私今世界で一番関川くんになりたいかも」 「佐々木さんが一番なりたいのは伊坂でしょ。俺もそうだもん」  あいつの投げる球見てそう思わないヤツ、このチームにはいないよね。  伊坂くん。  私を甲子園に連れてってなんて、言わないよ。  みんなで甲子園行こう。  空の彼方、雲の向こう。  背番号1は、変わらず遠くを見つめている。  東東京大会5回戦。延長10回。  東桜高校のサヨナラホームラン。  0-1。  届かない甲子園。  永遠の憧れへのプレイボールまで、あと5分。
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