夏の終わりのプレイボール

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 ベンチから見える空は突き抜けるほど高くて青い。  その青空を、伊坂くんはダグアウトの手すりに身体を預けてぼーっと見ている。  背番号1。  ゼッケン、曲がってないかな。  手触りが蘇り、縫い目まで浮き出てくる気がして、私は視線を上げた。  斜め後ろからの横顔は、口元が緩んでいるように見える。  今にも歌を口ずさみそうなほど。  あと五分で試合が始まるというのに。  でも、これだって伊坂くんにとってはいつも通りだ。 「やっと神宮かあ。こんなに近くて遠い場所、他に無いよなあ」  誰に聞かせるでもなく、かと言って独り言でもなさそうな調子で、伊坂くんは呟いた。  こういう時は、私に何か言ってほしいのだ。  これもいつも通り。 「毎日見てるもんね」   小さく息を吐き、私は答えた。  私達の学校は、ここ神宮球場のほぼ真向かいにある。  けど、試合をしたことは一度も無い。  今年初めてベスト16に残り、私達は悲願の神宮入りを果たした。    手元のスコアブックに目を落とす。  7月20日。東東京大会5回戦。天候、晴れ。  開始11時00分。  終了時間は空欄のまま。  野球というスポーツには、制限時間が無い。  試合がいつ終わるのかは、誰にも分からない。  私達に分かるのは、いつ始まるかということだけ。    スコアを閉じ、一塁ベンチに目を向ける。  去年の準優勝校、東桜。  縦縞のユニフォームに桜のワッペン。  監督の隣には、制服姿にキャップをかぶった男子生徒が一人、キリリとグラウンドを見つめている。  彼がスコアラーだ。  東桜は男子校だから、女子マネはいない。 「男のために朝から晩までよくやるよね」  すれ違いざまに言われた二年前の悪口がフラッシュバックし、私は息を呑んだ。
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