6人が本棚に入れています
本棚に追加
「自分が報われるわけじゃないのに」
「お姫様気取りでしょ。野球部、他にマネいないもん」
「てか女子マネって今時どうなの、ジェンダー的に」
「本当に野球が好きなら自分がやればいいのにね」
一年の三学期、私はクラスの女子全員から無視をされるようになった。
ものを隠されたり暴力を振るわれたり、表立った嫌がらせは受けていない。
ひたすら話し掛けられず、その場にいないかのように振る舞われていた。
その日の放課後、日直の私は教室の電気も付けず、一人で日誌を書いていた。
そしたら急にがらりとドアが開いた。
伊坂くんだった。
オフの月曜日だから制服のまま。
伊坂くんは目を見開いて私を認めると、ニヤッと笑い、
「テレッテレッテレッテ、さ・さ・き~」
どこかで聞いたチャンテに私の名字を乗せ、素振りの動作をしながら教室に入ってきた。
私は大きくため息をついた。
「何? 忘れ物?」
「ん、英語のワーク。てか暗いね」
そう言ってぱちんと電気を付けた。
一気に教室が明るくなり、目がしぱしぱする。
「そういえば、宿題になってたね」
「そーそー。あの先生うるさいじゃん。あ、あったわ~」
伊坂くんは自席の机から緑のワークを取り出した。
帰るのかと思いきや、椅子にどかっと腰を下ろす。
しばらく無言の時が続いた。
遠くで吹奏楽部が練習する音が、断続的に響いている。
早く帰ってくれないかな、と思った瞬間。
「落ちこんでる?」
一切の主語を省き、伊坂くんは切り出した。
探るような、でも真っ直ぐな目でこちらを見ている。
私は日誌をぱたんと閉じた。
「落ちこんでる。本当は教室にもいたくない」
「いいじゃん。俺がいるんだし」
瞬間、全身の血が凍り付いた気がした。
聞こえていたトランペットの音が遠ざかり、消える。
「……だから何?」
私は伊坂くんを睨み付けていた。
え、と伊坂くんは少したじろぐ。
多分私はすごく怖い顔をしている。
「だって同じ野球部じゃん。クラスで二人だけ。だから……」
「選手とマネージャーが、同じなわけないでしょ」
私はガタンと椅子から立ち上がった。
……伊坂くんがこんなに無神経だとは思わなかった。
乱暴な足取りで、廊下に一歩踏み出したその時、
「俺は同じだと思ってるよ」
背中に声を投げられて、足が止まった。
「同じチームで、同じ目標に向かって。……それ以外に何か要るのかよ」
凜とした声が空気を震わせて直に届く。
きっとあの澄んだ目で、私の背中を見据えている。
絶対に振り向かない。
唇を噛み締め、そのまま職員室へ向かった。
何が要るか?
伊坂くんは残酷だ。
そんなの一つに決まっている。
私は、男の子にはなれない。
最初のコメントを投稿しよう!