夏の終わりのプレイボール

2/9
前へ
/9ページ
次へ
「自分が報われるわけじゃないのに」 「お姫様気取りでしょ。野球部、他にマネいないもん」 「てか女子マネって今時どうなの、ジェンダー的に」 「本当に野球が好きなら自分がやればいいのにね」  一年の三学期、私はクラスの女子全員から無視をされるようになった。  ものを隠されたり暴力を振るわれたり、表立った嫌がらせは受けていない。  ひたすら話し掛けられず、その場にいないかのように振る舞われていた。  その日の放課後、日直の私は教室の電気も付けず、一人で日誌を書いていた。  そしたら急にがらりとドアが開いた。  伊坂くんだった。  オフの月曜日だから制服のまま。  伊坂くんは目を見開いて私を認めると、ニヤッと笑い、 「テレッテレッテレッテ、さ・さ・き~」  どこかで聞いたチャンテに私の名字を乗せ、素振りの動作をしながら教室に入ってきた。  私は大きくため息をついた。 「何? 忘れ物?」 「ん、英語のワーク。てか暗いね」  そう言ってぱちんと電気を付けた。  一気に教室が明るくなり、目がしぱしぱする。 「そういえば、宿題になってたね」 「そーそー。あの先生うるさいじゃん。あ、あったわ~」  伊坂くんは自席の机から緑のワークを取り出した。  帰るのかと思いきや、椅子にどかっと腰を下ろす。  しばらく無言の時が続いた。  遠くで吹奏楽部が練習する音が、断続的に響いている。  早く帰ってくれないかな、と思った瞬間。 「落ちこんでる?」  一切の主語を省き、伊坂くんは切り出した。  探るような、でも真っ直ぐな目でこちらを見ている。  私は日誌をぱたんと閉じた。 「落ちこんでる。本当は教室にもいたくない」 「いいじゃん。俺がいるんだし」  瞬間、全身の血が凍り付いた気がした。  聞こえていたトランペットの音が遠ざかり、消える。 「……だから何?」  私は伊坂くんを睨み付けていた。  え、と伊坂くんは少したじろぐ。  多分私はすごく怖い顔をしている。 「だって同じ野球部じゃん。クラスで二人だけ。だから……」 「選手とマネージャーが、同じなわけないでしょ」  私はガタンと椅子から立ち上がった。  ……伊坂くんがこんなに無神経だとは思わなかった。  乱暴な足取りで、廊下に一歩踏み出したその時、 「俺は同じだと思ってるよ」  背中に声を投げられて、足が止まった。 「同じチームで、同じ目標に向かって。……それ以外に何か要るのかよ」  凜とした声が空気を震わせて直に届く。  きっとあの澄んだ目で、私の背中を見据えている。  絶対に振り向かない。  唇を噛み締め、そのまま職員室へ向かった。  何が要るか?  伊坂くんは残酷だ。  そんなの一つに決まっている。  私は、男の子にはなれない。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加