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動くなと言った。
「あと五分、ここにいてくれればいい。簡単な話さ」
「あと五分だな。数えるぞ、いいな」
部屋に時計はなかったし、縛られた腕に巻かれた時計までは目がいかないので、完全に感覚値ではあったけれど、馬鹿みたいに一秒ずつ、声に出して数えてみたこともあった。
「あと五分、ここにいてくれればいい。簡単な話さ」
結果はもちろん変わらない。
私がそらで数えてみたのとは別の、おそらく正確に五分が経ったタイミングで、この台詞に戻る。
「誰か、誰か助けてくれ」
はめ殺しの窓に向けて、大声で叫んでみたこともあった。
銃を突きつけられていようが、関係ない。
何をしても事態が変わらないなら、何でもやってみるしかないではないか。
薄明りの向こう、ゆっくりと流れていく雲を叫びながら見送って、涙が出てくる。
「どうして、私がこんな目にあうんだ。私が何をした」手足をめいっぱい動かし、抵抗する。
「動くな」
「うるさい、黙れ」
反射的に罵声を浴びせるが、それには返事はなかった。
「あのな、いいか。本当はな、五分なんてのはとっくに」
がちゃり。
引き金を引く準備が整ったような音に、私はそこで押し黙る。
なりふり構わず怒鳴りつけたり、五分間を数えてみたりもした。
それでもやはり、実際に撃つぞという姿勢を見せられれば、ひるんでしまうものだ。
ループを続けるくらいなら、死んだ方がました。
死んでしまうくらいなら、ループを続けた方がましだ。
ぶつかりあう感情が、視界を歪める。
「あと五分、ここにいてくれればいい。簡単な話さ」
私が先を繋げられずにいる内に、新たな蓋が無慈悲に開く。
あと何度か、同じ台詞を落とされたら、とても正気ではいられないだろう。
どうしてこんな目に。怖い。助けて。どうせなら自分から。死にたくない。もうどうにでもなれ。
現実から目をそらすように、首を振る。
「動くな」「うるさいってんだよ」
身をぐいと起こして言い返してしまい、しまったと思う。
撃たれる。そう思ったのに、投げた罵声に返事はなかった。
そのまま身体を反対向きに倒して、うつ伏せのような格好になる。
「動くなと言った」「撃てるもんなら撃ってみろ」
この木偶の坊。蛇足かつ藪蛇になりそうな一言は、念のためしまっておいた。
突きつけられた銃口に、おそるおそる目をやる。
動きは、どうやらなさそうだった。これはもしかすると、もしかするのか。
渦を巻く様々な感情を抱えて、私はぐいと歯を食いしばり、全身に力を込める。
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