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下手をうったスパイがどうなったのかは、誰も知らない。
「リミットまで十分を切りました」
「そうか。さっさと確認して、お仕事完了といこうかね」
「気づきますかね?」
「気になるのか? 冷静になれれば気づくだろうな。部屋ごと爆破で終わりか、はたまたもぬけの殻か。まあどちらでも構わんさ」
「ループの話をばらさず、無視もしない。それさえ守れば、適当に受け答えしながら這って出ていけばいい、なんて。馬鹿みたいな仕掛けです」
「馬鹿みたいでも、ハマるやつはハマる」
「始末したいんだか、したくないんだか」
「逃げ出したとて、下手をうったスパイなんぞに先はない。まあ、人情的な話でいえば、あいつは大層いいやつだったとは思うがね」
「最後の、関係あります? いいやつだから失敗しても始末されないとか、聞いたことないです」
「許してやらんこともない、と誰かが言い出すくらい、いいやつだったんだよ。だからこその、あの中途半端な玩具のご登場だ」
「設定を五分で切ったのも、クライアントの意向ですか? 意地が悪いというか、なんというか」
「あれは俺の、始末屋としての最低限だ。冷静になれる機会が増えすぎないようにな」
「なんだ……大層いいやつだなんて言っておいて、結局は始末したかったんですか。人でなし」
「反対にお前は、どうにかして逃がしたかったようだな」
「……何のことでしょうか」
「起動が予定よりずいぶん早かった。俺たちが出る時に警告させてどうする、ヒントのやりすぎだったと思うがね」
「幸運を祈る、は実にお見事な切り返しでした」
「睨むな。いいか、ああいうのはもっと上手くやれ。あの場は、クライアントにも丸聞こえだったってのに」
ふんと鼻を鳴らして、男がオールバックの髪をかきあげる。
十分後、どんと地味に響く音がして、彼らの仕事は滞りなく完了した。
下手をうったスパイがどうなったのかは、誰も知らない。
二人組の始末屋が三人組になったらしい。そんな小さな噂が、さらりと流れて消えただけだ。
下手をうったスパイがどうなったのかは、誰も知らない。そういうことになっている。
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