2.白南風を 寄せて雲立つ 淡海灘

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「まったく、父娘(おやこ)ともども無神経極まりないな。ああ、父親の柳昭義(やなぎ・あきよし)はかつて、淡海県警の警務部長を務めたことがあってね。共存派と言えば聞こえが良いかもしれないが、きみやわたしのように獣人(ケダモノ)におびえる弱者にとっては敵でしかない。引退した今でさえ、あっちこっちでわれわれの暮らしや活動の邪魔をし続けている。心底から君の不運に同情するよ。未来ある若者のキャリアに傷でもついたら一体どうするつもりだ!」    語調を荒げながら一息で言うや、テーブルの上のワインボトルを掴み取る。  そして、乱暴な手つきで自分のワイングラスにどぼどぼと注いだ。  それをぐいっと一息で飲み干す。  数度繰り返すうち、高価で繊細な味と香りの赤ワインは底を尽きた。  蘭堂はウェイターを呼びつけ、同じ銘柄をオーダーしてから桐ヶ谷に向き直り 「きみのために忠告しておくよ。柳小夜子とその取り巻きを信用してはダメだ。ただ、あからさまに逆らったりしてはきみの立場も悪くなるだろうし、表向きだけは従っておいたほうがいいだろう。とにかく、気をつけてくれ。いいね?」 「はい、気をつけます」  テーブルの上に身を乗り出し、口角に泡を飛ばす蘭堂に気圧されるように、桐ヶ谷は頷いた。
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