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8.
すぐ近くで交わされるやりとりをひどく遠く感じながら、瀬畑は遺体と周囲の景色に目をやった。
この動画が撮られた時点では、梶浦はまだ息があったのかもしれない。
すぐに誰かが救急車を呼べば助かったかもしれないが、そうはならなかった。
まだ少し肌寒い5月半ばの空気の中、命の灯火がひとつ、誰に顧みられることもなく消えてしまったのだ。
人間至上主義の名の下に、獣人を蔑む言動を続ける『真なる人の会』を助けるなど業腹だ。
けれども、この男もまた、警察が庇護するべき市民のひとりだったのだ。少なくとも今は私情を優先させるべきではない。
拳を握り締める。閉じた瞼の裏で炎が揺らめくように錯覚した。
犯人を捕らえる。もし裏があるなら、そいつも暴いてやる。
祈るような、けれども誰に捧げるでもなく胸中で呟いた。
「こんなことが起きるなら、やっぱり種族分離政策の復活は必要なんだ」
桐ヶ谷の言葉で、瀬畑は我に返った。鼠族の老鑑識官は、桐ヶ谷を不愉快そうな目で見ている。
「桐ヶ谷警部補、おれは何を言われても構わないけど、他の連中もそうとは限りませんよ」
「分かってます」
いささか苛立った様子を見せる先輩に、短く吐き捨てるように返す新人から目を逸らし、鑑識官は溜息をついた。
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