9.間一髪の接触

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 自分の行動が、何かと親切にしてくれた先輩を死に追いやってしまったことを認識したときには、もう手遅れだった。  けれども、警察に自首する選択肢は、蘭堂にはない。  自分こそは民衆を導くべき選ばれし人間なのだ。刑務所などにいるべきではない。  そもそも、悪いのは獣人なのだ。高い身体能力も、鋭い感覚も、かよわい人間にとっての脅威でしかない。  脅威を抑え込むことが、理不尽な暴力に命を散らした先輩への何よりの供養の筈だ。  そう、蘭堂は自分に言い聞かせ、アトマイザーの中身を自分に向かって吹き付けた。  だが、何度プッシュしても何も出て来ない。  小さなビンの中身は空になっていた。 「くそっ!」  腹立ち紛れに床に叩きつけると、空になったガラスビンは粉々に砕け散った。  そのとき、事務所の呼び鈴が鳴らされ、蘭堂は反射的に身を硬直させた。 22.  震える指で、モニターを点ける。 「ひっ!」  思わず漏れかけた悲鳴を、両の手でどうにか抑えた。  犬のような頭をした獣人の男が、モニターいっぱいに映し出されている。  呼び鈴に付けられたカメラに、黒っぽい毛皮に覆われた口吻(マズル)を近付け、覗き込んでいるようだった。
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