9.間一髪の接触

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 きっちりとスーツを着た犬男は、ひくひくと鼻を動かし──文字通り、嗅ぎ回っていた。 『ごめんくださーい。蘭堂諭さん、いらっしゃいますかー?』  決して居留守を知られるまいと声を殺し、モニターを凝視する。  二度三度と呼び鈴が鳴らされるたび、蘭堂は自分の口元を覆った。 『うーん、留守かなぁ』  諦めるような声に、ホッと胸をなで下ろす。だが、再び大写しになった犬顔の黒い鼻先に、あやうく悲鳴を上げかけた。  この呼び鈴に録音/録画機能があることを知って、メッセージを残すつもりらしい。 『この度はお忙しいところを失礼致しました。淡海県警、東岸署の瀬畑と申します』  その名前に蘭堂は覚えがあった。桐ヶ谷虹の指導役が、確か同じ名前だった筈だ。  瀬畑という名字は、犬系の獣人──連中は自分たちを犬狼族と呼びたがるが、蘭堂にはどうでもよかった──には、割とありふれている。  当然、瀬畑の姓を名乗る獣人は県警にも複数人いる筈だ。けれども、東岸署の私服警官ならば、桐ヶ谷の指導役と同じと考えて間違いは無い筈と考えを巡らす。
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