2.白南風を 寄せて雲立つ 淡海灘

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2.白南風を 寄せて雲立つ 淡海灘

4.  昼間の出来事を思い出した桐ヶ谷は、ふぅと小さく息を吐きながら、軽く頭を振り払った。  窓の外に目を向けたとき、その向こうに広がる景色に目を奪われた。  壁一面のガラス窓を隔て、松並木に縁取られた淡海灘(あわみなだ)の砂浜が、夕映えに染まってゆく。  その奥では、藍色の海原に赤々と燃える夕陽が、今まさに沈もうとしている最中だった。 「わぁ! すごい」  日ごろは空の色など気に留めない桐ヶ谷だったが、このときばかりは刻々と色を変えてゆく海と空に釘付けになり、知らず、感嘆の溜息を漏らした。 「白南風(しらはえ)を ()せて雲立(くもた)つ 淡海灘(あわみなだ)」  2人がけのテーブルを挟んで向かいに座る人物が吟じる声に、幼い子どものような表情を引っ込めて向き直る。  桐ヶ谷の視線の先には、市議会議員の蘭堂諭(らんどう・さとる)が、眼鏡の奥に穏やかな笑みを浮かべていた。  人間族の基準で中肉中背、年の頃は40前後だろうか。一目でそれと分かる仕立ての良いスーツをきっちり着こなしている。
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