2.白南風を 寄せて雲立つ 淡海灘

2/6
前へ
/84ページ
次へ
 所属する政治団体『真なる人の会』を通じ、大物政治家の子息である桐ヶ谷虹の世話役を買って出た彼は、さっそく歓迎の意を込め、アワミ・サンセットビューホテルの展望レストランに招待したのだった。 「今のは江戸時代の歌人、狩野冬寂(かのう・とうじゃく)の句ですね」 「ご存じでしたか。お話に聞いていた通り、たしかに聡明な方のようだ」  満足げに微笑む蘭堂に、桐ヶ谷は小さく頭を下げながら 「恐縮です。河都市(ここ)への赴任が分かってから、大まかな地域情報を集めるついでに知っただけですから」 「いやいや。充分に教養がなければ、ローカルな文化にまで興味は及ばないものです。けれども、知っていれば、初対面どうしであっても話の種を用意することが出来る。こんな感じで。さすがは桐ヶ谷家のご子息だ」  自分を手放しに褒める蘭堂に、しかし桐ヶ谷はいささか表情を曇らせながらうつむき、頭を振り 「蘭堂先生。わたしは今でこそ桐ヶ谷の家に引き取られ、その姓を名乗らせていただいていますが──」
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加