1.若きエリートの憂鬱

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1.若きエリートの憂鬱

1.  5月半ば過ぎ、よく晴れた昼下がり。  窓の外では、大きく枝を広げたソメイヨシノが、緑の葉だけになった枝先をそよ風に揺らすのが見える。 「柳課長、少しだけお時間をいただけますか?」  窓際の席に座った柳小夜子(やなぎ・さよこ)は名を呼ばれて、自分の前に立った青年に目を向ける。  午後2時過ぎ。  昼食を終えたあとの満腹感と穏やかな空気が、どうにも眠気を誘う時間帯であった。  淡海県警察東岸署刑事課(あわみけんけいさつ・とうがんしょ・けいじか)にて、課長を務める柳の階級は警部だ。32歳の若さにして異例の出世を遂げた彼女は、一時は周囲からもてはやされもした。  しかし、あどけない顔立ちに、どこか不安げな表情を浮かべた青年を目の前に、自分が相応の年月を重ねてきたことを良くも悪くも実感させられる。 「勿論。何か困り事かな、桐ヶ谷くん」  青年は、整った目鼻立ちにいっそう困惑したような、あるいは何か思い詰めているようにすら見える表情を浮かべた。  緩くウェーブのかかった黒髪は、規定に忠実にきっちりと整えられている。  肌の色は透けるように白い。気難しそうな今の表情と相まって、繊細な印章が一層、際立って見えた。
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