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並木掃部ノ兵衛義貞は、トボトボと自分の仕事場である奉行所に向けて歩いていた。
最近、神隠しの訴えが多い。同役は皆、街中の警備やら見回り、巡察に当てられていたが、彼だけは市中の陳情の処理に回され、多忙を極めていた。
もともと風采の上がらない男ではあったが、今はわけの解らぬ市中の風評に追い回されていた。
チッと掃部ノ兵衛は舌打ちを漏らした。
前方で同役の与力達が、彼の噂を口汚く話している。
彼等より腕は立つと思っている。
伝家の宝刀“薩摩綾杉”も彼の家にはある。
だが今の彼の腰に有るのは何の変哲も無い太刀・・人は彼を本名では呼ばず蔑視を含め“ひょえ”と呼んだ。その屈辱に耐えかね彼は“薩摩綾杉”を帯びることはなかった。
(今日も陳状の嵐か・・・)
義貞の足は重くならざるを得なかった。
その気持ちのまま義貞は奉行所に入った。
遅番の彼が出仕した奉行所の中はざわついていた。
「何があったのです。」
義貞は同役に卑屈に質問した。
「将軍様肝いりの腕比べがあるらしい。
まあ・・お前には関係なかろうがな。」
同役は鼻の先で笑った。
「その腕比べ・・誰でも・・・」
義貞はそれでも喰らい付いた。
「お前じゃあ無理だよ。」
同役は大声で笑い、他の者の肩を叩いた。
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