御前仕合

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 翌日、兵衛は五試合目に呼ばれた。  相手は尾張の剣豪安藤宗重・・殆どの者が宗重の勝ちを予想した。  難敵を相手に兵衛は剣を正眼に構え、気を落ち着かせるようにスッと目を閉じた。  臆したと見たか、安藤宗重はフッと笑いを漏らし、強引に撃ち込んできた。  その気配を感じ、目を見開いた兵衛はそれを剣で受けた。  そのまま鍔迫り合いになる。  二人は機を計り後ろに跳び退いた。  その後、何合かの打ち合いが続いた。  間合いをとり兵衛はスッと籠手を返した。  それに誘われ、宗重の剣が彼の籠手に伸びた。  その剣を擦り上げ、兵衛は剣を振り下ろし相手の頭上寸前で止めた。  「勝負あり。」  玄白の声が飛んだ。  「あのひょえが・・・」  町奉行は絶句した。  その後の試合は鬼木元治の出番だった。  彼は着流しのまま、何の構えもなく、ぶらんと剣を持った片手を下げていた。  相手が打ちかかる、それを上半身だけでゆらりゆらりと躱した。  そして相手の何撃目を躱した途端素速く相手の胴を払い、それを悶絶させた。  紅蓮坊の闘いは凄まじかった。  巨躯の頭上でぐるんぐるんと六尺棒を回しその勢いのまま相手の頭上に振り下ろした。相手は手にした木剣でそれを受けたはずだった。だが、その木剣は折れ、肩口に六尺棒の一撃が食い込み、地にうずくまった。  手合わせの介助役がそれに駆け寄った。  「骨が折れています。医師を・・・」  介助役はそう叫んだ。  試合は勝った者同士が、負けた者同士が闘い、三敗を喫すると敗退となる。  兵衛の次の相手は鬼木元治だった。  先程と変わらず彼はゆらりと気負いもなく立っている。  兵衛は戸惑った。剣の仕合と言えば、お互いに気を発し、その力をぶつけ合う。  鬼木元治にはその気が感じられなかった。  気合いを入れ、かけ声を発した。  だが相手は動かない。  探りを入れるため、突きを入れてみた。  それを相手はゆらりと躱した。  また元の正眼の構えに戻す。  相手は微動だにしない。  兵衛はじりじりと剣先をあげ、上段の構えを採った。  その瞬間、相手が斬りかかってきた。  何とかそれを躱す。しかし連続攻撃は続く。  大きく跳び退き、荒れる息を整える。  鬼木元治は何事も無かったかのように、またぶらんと剣先を下げた。  その剣先は地についていた。  その構えからは攻撃は不可能・・兵衛はそう考え、機先を制するため攻撃を仕掛けた。  鬼木元治はその攻撃全てを軽く躱した。  息が切れる・・兵衛の攻撃が止むと、鬼木元治は、信じられない程大きく後ろに退いた。  そこから彼が走る。  剣先は土埃を巻き上げている。  下からの一撃・・それを兵衛は辛うじて躱した。  だがその時にはもう、兵衛の首元には鬼木元治の剣が添えられていた。  第一組では村田善六が早くも三勝目を挙げ、その日の内に勝ち残りに手を掛けていた。  第二組では宝蔵院の坊胤嗣がこの日二勝を挙げ二勝一分け。女武者、巴はこの日一戦一勝とした。  第三組は陸奥の修験僧紅蓮坊が圧倒的な強さを見せていた。  兵衛が居る第五組は鬼木元治が二勝で首位、尾張の剣豪安藤宗重は今日二勝を加え、一勝一敗の兵衛とならんだ。  変わったところでは第四組、藤川捨テ二郎智忠と名乗った男だった。初日は武士らしい衣装で出場していたが、今日は丸っきり農民の姿だった。  借り衣だったか・・・会場から失笑が洩れた。だが彼は勝った。縄帯に二本の鎌を差し、その一本には鎖に繋がれた分銅があった。それを回して相手の剣をもぎ取り、留めを差す。彼もこの日二勝を挙げていた。  それに第六組の優男国立清右衛門・・彼は女と見まがう程華奢で美しかった。そしてその剣も美しかった。蝶のように舞い、一撃で相手を倒していった。彼は既に三勝を挙げ勝ち抜けをほぼ決めていた。
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