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鬼を伐つ隊
その夕べ、義政は晴海和尚、伊東玄白を身近に呼び寄せた。
「面白き見物であった。」
義政は相好を崩した。
「だが暫く待て。
この仕合を切り盛りした大炊ノ介が間もなく参るであろう。
話しはそれからだ。」
暫く後、御殿の間に教貫は初めて入り、次の間で平伏した。
「おお、大炊ノ介、大儀であった。
近う参るがよい。」
教貫は膝を以て進み出た。
「私から一つ進言がございます。」
平伏したまま教貫は言った。
「何か。」
義政は上機嫌のまま答えた。
そこに膳部が運ばれてきた。
「まあ意見は、後にしようぞ。」
義政は隣の女に徳利を取らせ杯を差し向けた。
「まずは、ここまでの仕合の評定を聞こう。」
義政は最初に晴海和尚の顔を見た。
されば・・・晴海和尚が進み出た。
「まず二組目の宝蔵院の坊胤嗣、あの者は鬼に対抗できるかと・・それに巴なる女、鬼に対抗できるかは解りませんが、不思議な力を持っているように感じました。」
義政が頷く。
「第三組は陸奥の修験僧紅蓮坊。奴は鬼に対しても圧倒的な力を持っていると思われます。
そして第四組の捨テ二郎。あやつは農民の出でありながら、その腕を持ち、尚且つ鬼に対しても・・・」
「農民か・・・」
義政は露骨に嫌な顔をした。
「ですが・・・」
晴海は言葉に詰まった。
「まあ良い。
先を続けよ。」
「第五組は鬼木元治・・」
「鬼・・名が気に入らん。」
「そう仰いましては・・」
「他はどうじゃ。」
「並木掃部ノ兵衛義貞・・あの者も剣さえ選べば・・」
晴海和尚があげる名は下層の者達が多い。
「されば、我が家の村田善六はどうじゃ。」
和尚は首を傾けた。
「その義であれば私が・・」
突然・・伊東玄白が声を上げた。
「第一組の主席村田善六殿にはかなりの手練れ・・私には上様の役に十分立てるかと思いまする。」
「ほほう・・お前の目にはそう映ったか。」
「左様でございます。
あの者を使わぬは、多大な損失かと・・」
玄白はそう言い張った。
「それではその方の人選を聞こう。」
「たった今も申しましたが、村田善六殿を主将に据え、その下には二番目の成績を残した、菊池主水之介。
二組目の宝蔵院の坊胤嗣・・僧だけにその者は鬼に対しても・・それに二敗は喫しましたが大井彦正。
第四組目からは捨て二郎なる農民ではなく、
相良市之丞。
五組目は・・名はお嫌いでしょうが、やはり鬼木元治。
六組目からはどう言っても桂金吾でしょう。」
その人選は義政の意に叶っていた。いかにも武士らしい武士、それに加え牢人者一人と僧・・いかにも鬼を狩る隊に似合っていた。
「しからば・・・」
それに負けず晴海も声を上げた。
「私は六組目は国立清右衛門を推しまする。
それに先に挙げた者達も棄てがたく・・・」
晴海は尚も言い張った。
「玄白と晴海・・随分と意見が違うようじゃが・・」
義政は困惑の色を見せた。
「上様・・」
そこで教貫が声を上げた。
「こうしては如何でしょう・・・」
彼はそのまま中央へにじり出た。
「お二方の意見はごもっともだと窺われます。
されば、村田善六様を主将とする隊を一隊、晴海和尚が推す隊を一隊とし、二隊を併せ持っては如何でしょうか。」
義政はその意見に満足そうに頷いた。
「それにもう一つ・・京見廻組を創設しては如何でしょうか。」
それは義政の頭にないことであり、俄(にわか)に嫌な顔をした。
「私もその意見に賛成でございます。」
すぐに伊東玄白が声を上げた。
「何故(なにゆえ)。」
「今回集まった者達、何れも手練れ。
それをそのまま帰すには惜しゅうございます。
特に尾張の安藤宗重・・
あの者はかなりの手練れ、しかも統率力もあると見受けられます。あの者をその京見廻組の主将にしては如何でしょうか。」
「京見廻組か・・それ程の出費は認められぬ。」
「上様。」
苦い顔の義政に教貫が声を掛けた。
「先の斯波の変で義廉(よしかど)様は面目を失せられ、今、その復権に躍起となって居られます。
その斯波様の面目を立てさせては如何でしょう。」
「と言うと・・・」
「先に名の出た尾張の安藤宗重様を頭と仰ぎ、その下に御前試合から選にもれた者達を集めまする。
その扶持は全て斯波家持ちとしては・・
これなら、京にて、将軍家に奉仕でき、斯波様の面目も立ちましょう。」
「面白い・・そちの頭脳はよく廻る。
その策実行に移せ。」
一瞬にして義政の機嫌は直った。
「して・・隊の名は。」
「鬼を伐つ隊・・“鬼伐隊”では如何でしょうか。」
教貫は尚も意見を挟んだ。
「それはいけません。」
晴海はそれに異を唱えた。
「鬼を伐つ隊はあくまでも陰(かげ)の存在とした方が宜しいかと・・
その隊に鬼伐隊などと・・余りにも愚策。
それはこの御所に鬼が存在すると宣言するようなものでございます。」
「では、その方は何と名付ける。」
「御庭廻組・・とかは如何でしょうか。
オニと言う音は入りますが、これであればあくまでも大殿様の周りを守る者の隊と解釈されます。」
「それは良い。」
自分の去就は決まっている伊東玄白は、二人の権力争いが面白くて堪らなかった。
「名は決まったとして、その総帥はどなたに。」
彼は二人の争いを煽った。
晴海は当然自分と胸を反らし、教貫は自身の席に下がった。
「総帥であるか・・」
義政は二人の顔を交互に見た。
「鬼を斃すものを見る眼が在る・・と言って居ったのう・・晴海。」
晴海和尚の目に喜色が走った。
「やはりそちが適任であろう。
御庭廻組を率いよ。」
晴海はその言葉に座を直り、深く頭を下げた。
「ところで、大炊ノ介。」
義政は気軽に呼びかけた。
「その方、現在(いま)の知行は如何ほどだ。」
「三人扶持、五十石でございます。」
「僅かそれ程か・・十倍でどうだ。
三十人扶持、五百石。
此度はよく働いた・・その褒美じゃ。」
教貫は床に額をこすりつけた。
「それに位も上げてやろう。
庭廻奉行・・それにその方を取り立ててやる。
お前が提言した京見廻組、それに御庭廻組その全てを束ねよ。
その報告のため儂の近くに上がっても、庭廻奉行であれば、誰も奇異には思うまい。」
「それでは・・・」
晴海は思わず声をあげた。
「何か不満でもあるか。」
義政はじろりと晴海を見た。
「そちを推挙したのも大炊ノ介。
御前試合で人を集めたのも大炊ノ介。
それに何か不服があるか。」
晴海は頭を下げ、唇を噛んだ。
「晴海、そちにはまだ仕事が残って居る。」
義政の声に晴海は僅かに面を上げた。
「先程も申したように、そちには特殊な能力がある。」
義政は眼で押さえつけるようにして言葉を続ける。
「そちは二番隊隊長を兼よ。
儂の身の回りの警護は一番隊の村田善六に任せる。
そちは各地を廻り、鬼を伐てるものを集めよ。
その際、そちに代わるものを見いだせば、そちは本当の御庭廻組総帥となる。
それまで励め。」
それからは酒肴。
酒の席でもう一度義政は教貫に声を掛けた。
「どうもお前には褒美が足らぬように思う。
他に望みはないか。」
教貫は一度小首を傾げ、
「もし甘えさせて頂ければ・・良いのであれば、私の用人、斉藤長太郎を取り立てて頂ければ・・・」
「何者じゃ・・その男・・・」
「槍の使い手でございます。
役職を与え、私の側に・・・」
「確かに、見事な腕でござりました。」
横から伊東玄白も口添えをした。
「良かろう、明後日には御庭廻組の総見を致す。
その三日後には京見廻組じゃ。
その際にその長太郎なる者を召し連れい。
大炊ノ介、よろしく計らえよ。」
義政は上機嫌であった。
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