腕比べ

1/5
前へ
/111ページ
次へ

腕比べ

 それから三日後、義政の宣言通り京見廻組の接見が行われた。  全ての俸給は尾張斯波家によって賄われる。  今回の総見は教貫(のりつら)と晴海和尚、それに伊東玄白が出席し、まだ京に滞在していた斯波義廉(よしかた)も同席した。  「安藤宗重にございます。  この度は京見廻役に御推挙頂きありがとうございます。」  宗重はまず教貫と玄白に頭を下げ、それから土下座した。  「上様には私如き者をお取り立て頂き感謝の念もございませぬ。」  「その隊をご覧に入れよ。」  教貫は土下座する宗重に声を掛けた。  それもそのはず、義政の顔には長口上を嫌う風が見えた。  はっ・・・宗重は立ち上がり、隊員を呼んだ。  隊員達はその数、十数名・・義政が思ったより少なかった。  「先の御前試合で残った者が拙者も含めて十二名・・その内の一人は大怪我を負っております。  それを除けばこの人数でございます。  拙者はこれを七人ずつ七隊を・・・」  「先の話はどうでも良い。」  義政が苛立たしげな声を放ち、将軍の前に座る斯波義廉(よしかど)は宗重の声を手で抑えた。  「京の街に鬼の跋扈が続いておる。  晴海の話しでは、お前達でも今出没している餓鬼や小鬼は斃せるそうだ。  お前達には市中の鬼狩りを命じる。」  そう言って、義政は教貫に目を移した。  「そなたが言って居った男は連れてきたか。」  はっ・・と教貫は平伏した。  「ここに呼べ。」  教貫は幔幕の奥に声を掛けた。  「斉藤長太郎です。」  教貫は幔幕の後ろから現れた男を紹介した。  長太郎は背が高く細身に見えた。だが着物の内に隠された体躯には、がっしりとした肉が秘められていた。  「そなたの腕を教貫が誉めて居った。  そこにいる安藤宗重と手合わせをしてみるが良い。  勝った方を身近に召し抱え、教貫の補佐とする。」  その声に宗重は勇んで木剣を握った。  それに対し長太郎は鷹揚に木槍を手にした。  まず、宗重が突っかけた。  その剣を長太郎が捌く。  数合の立会の後、二人は後ろに退いた。  ありゃ、ありゃ、ありゃ・・・奇妙な掛け声を発し、今度は長太郎が突いて出た。  グルグルと回すその槍先に宗重は圧された。  「この者・・・」  晴海は義政の耳元に口を寄せた。  「そこまでじゃ。」  その声を聞いた義政がその仕合を止め、立ち上がった。  「付いて来るが良い。」  義政は教貫と長太郎に声を掛けた。  「安藤宗重・・そちを京見廻組の局長に任じる。  但し、その方の上役は前村教貫と斉藤長太郎とする。  これより、よく働け。」  そう言い残し、義政は奥へと去り、教貫と長太郎は腰を屈めその後を追った。  義政は書院に入り、二人はその前の廊下で平伏した。  「遠慮せずとも良い。  中に入れ。」  二人は膝を以て書院内に入った。  「見事な腕であった長・・・」  義政は一瞬声を止めた。  「長太郎と申すか。」  はっ・・と彼は畳に額をこすりつけた。  「農民のような名だな。」  長太郎は耳まで赤らめた。  「その名に愛着はあるか。」  平伏したまま長太郎は首を横に振った。  「そうだな・・・  では蔵人とせよ。  名乗りは長光・・・  どうだ、余が決めた名だ。  異存は有るまい。」  長太郎・・いや蔵人長光は額を畳にこすりつけた。  「大炊ノ介・・・蔵人の上司が大炊ノ介と言うのも妙だな・・・」  義政は半開きの扇を口に当てて笑った。  「役職を与えよう。  それをそのまま名にするが良い。  兵部に組み入れる。これで余の廻りに出入りしても怪しまれることはない。  兵部ノ丞を与える。」  大いなる出世・・・教貫もまた、下げていた頭を更に低くした。  パンパンと義政は二度手を打った。  小姓が駆け足で書院に入って来る。  「晴海和尚を呼べ。  それに膳部の用意。」  義政は上機嫌でそう言った。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加