14人が本棚に入れています
本棚に追加
斉藤蔵人長光の近衛組に人を引き抜かれ、村田善六が率いる御庭廻組、第一隊の人数も少なくなっていた。
隊長の村田善六本人、菊池主水の介、相良市之丞、大井彦正、それに異彩を放つ鬼木元治・・二人を抜かれ、残りは五人・・
だが、何れも御前試合で腕を認められた者達、それぞれが反目し合っていた。
「我等の隊長とは言うが、村田殿の腕は如何ほどのものだろうか・・」
強いよ・・御前試合で村田善六に負けた菊池主水の介はそう言った。
「それはお前が弱かったせいだろう。」
相良市之丞がそう言い、
「何だと・・御前試合で多寡が三勝のお前が・・」
なにを・・市之丞がガタッと飲み屋の椅子を蹴立てて立ち上がった。
やるか・・それに主水の介も反応した。
止めろ、止めろ・・その間に大井彦正が割り込んだ。
「明日、俺は村田善六に仕合を申し込む・・その時は止めるなよ。」
市之丞はそう言い捨てて飲み屋を後にした。
翌日、館の庭に一番隊が勢揃いしていた。
前の晩、寝ずの番をしていた村田善六は眠そうな眼をしていた。
それに比し、同じ寝ずの番の鬼木元治は涼やかな眼でそこに立っていた。
「村田殿、仕合を申し込む。」
相良市之丞は村田善六に向け大声を上げた。
不遜な表情で善六が前に進み出る。
「隊長が出るまでもありますまい。」
そう言って鬼木元治が善六の行く手を遮った。
私が相手だ・・鬼木元治は相良市之丞の前に立ち、いつものようにだらんと剣を持った腕を下げた。
市之丞はその姿に打ちかかった。
だが、瞬時に元治はそれを躱し、一撃で相良市之丞を悶絶させた。
「他に相手は居るかな。」
元治は一同を見渡した。
「決まったことにとやかく言うな。」
名乗りを上げる者が居ないことを確認して、元治はそう言った。
× × × ×
安藤宗重の京見廻隊でも一悶着あった。
御前試合で二敗を喫し、ついこの間、斉藤長太郎という農民あがりのような男に敗れた。
高々三勝三敗だろう・・隊員の一人が言った。
俺でも勝てるかもな・・別の男が言う。
組の局長があの様だ、扶持はいいとしても貧乏くじを引いたかもな。
誰彼となく声を上げる。
「いっそのこと勝負を申し込んだらどうだ。」
別の一人がそう言った。
それがいいかもな・・酒場にいた一同は大いに笑った。
局長・・何人もの組員を後ろにつけ、一人の隊員が安藤宗重に詰め寄ってきた。
「あんた本当に強いのかい。」
ニヤニヤと笑いながらその男は宗重の眼前に顔を突きつけた。
バコンとその顔が殴られた。
そこには城ノ介が立っていた。
斉藤長太郎に負けて以来、宗重は自信をなくしていた。
自分の強さは・・今もその呪縛に躰が動かなかった。
「こいつ等を片付けたら、俺の思い通りに暮らしていいか。」
城ノ介はそう言い、宗重は思わず頷いた。
それじゃあ・・・城ノ介は瞬時に動いた。
その後ろには悶絶する組員達が倒れていた。
「約束は守って貰うぜ。」
城ノ介は安藤宗重の顔を見てニヤリと笑った。
× × × ×
長太郎・・今は斉藤蔵人長光と名乗る男が率いる近衛組の状態はもっと悪かった。
元を正せば長太郎・・その農民のような名に長州の桂金吾が反発を見せた。
そこの農民あがり・・桂金吾は唐突に声を掛けた。
怒るでもなく、蔵人はそれを振り向いた。
何か・・そうとだけ言って・・
「安藤宗重に勝ったそうだな。
それだけで俺達の上に立った。」
その通り・・と蔵人長光は頷いた。
「だが儂は長州にその名が聞こえた剣客。
お前などに負けはせぬ。
お前に勝って、その座を譲って貰う。」
桂金吾は蔵人長光に剣を突きつけた。
それを見て長光は稽古用の木槍を手に取った。
「本身をとれ。」
桂金吾は叫んだ。
これで結構・・長光は真剣を構える金吾に微笑んだ。
蔵人長光が木槍を構える。
それを許さじと金吾が斬りかかる。
長光がその攻撃を躱し、再び、自身の構えを整えようとする。
構えが極まる前にまた金吾が突っかける。
それも長光が受け流す。
ジリッと焦りを見せながら、金吾が再び自身の構えを取る。
その頬桁が木槍で強かに打たれた。
「槍と言えば宝蔵院・・その我が前で槍を誇るか。」
金吾は頬を押さえてうずくまり、長光の前には宝蔵院の僧胤嗣(たねつぐ)が大槍を構えて立った。
長光はその姿に静かに正対した。
胤嗣(たねつぐ)は大槍を頭上に掲げ、そこから槍先を長光の躰に対し狙いを定めた。
その構えは御前試合では使わなかった。巴との一戦ではその暇(いとま)を与えられず、他の相手にはその必要もなかった。
蔵人長光は槍を腰だめに構え、槍柄の柔軟性を生かし、槍先を上下左右にクルクルと揺らした。
一瞬の静寂の後、胤嗣(たねつぐ)はキエーと甲高い声を上げ、長光はアターッと声を発した。
そこに何事かと教貫が駆けつけた。
「待て、待て、待て・・・」
教貫はその立会を止めた。
フン、弱侍の登場か・・桂金吾が鼻先で笑った。
それでも上司、そこにいる者達は従わざるを得なかった。
何事・・教貫の眼には困惑が含まれていた。
ただの稽古でござる・・長光が瞬時に言った。
胤嗣(たねつぐ)もその声に従わざるを得なかった。
要らぬ争いを起こすな・・そう言い残して教貫はその場を去った。
が、胤嗣(たねつぐ)の心にはその日の遺恨が残った。
最初のコメントを投稿しよう!