猫又騒ぎ

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猫又騒ぎ

 晴海達の一行は大和に入った。  宿を取る度に並木掃部ノ兵衛は剣の稽古に励んでいた。  居合い・・太刀の鯉口だけを切り、じっと構える。  次の瞬間一気に刀を抜く。  いや、刀を抜くと言うより鞘をかなぐり捨てる。  それで瞬時の時を稼ぐ。  それが兵衛が編み出した極意であった。  ぱちぱちと拍手の音が鳴る。  「なぜそれを仕合の時に使わなかった。」  声の主は晴海和尚。  「この技は手加減が出来ませぬ。  故に仕合の時に使えば相手を傷つける・・そう思いまして・・・」  「それを使えば、鬼木元治にも勝てましたか。」  今度は巴の声。  「解らない・・だがいい勝負は出来たと思う。」  兵衛は正直に答えた。  「太刀も変えたか。」  今度は晴海の声。  「伝家の“綾杉”の太刀です。」  「奥州産か。」  紅蓮坊の声もする。  「いえ、薩摩の豪刀です。」  「それで居合いか・・重かろう。」  また晴海の声。  「この剣を使うために鍛えました。」  「その技・・これでも出来ますか。」  巴は腰の長めの脇差しを抜いて見せた。  「その長さでは無理です。  太刀でなければ・・・」  「薙刀を叩き落とされた時に使います。  一瞬の刻(とき)を稼げれば・・・」  「それだけであれば充分。」  兵衛は剣を構えた。  「打ち込んで見なされ。」  そして巴に促した。  兵衛の意に反して、巴の打ち込みは鋭かった。  「待て待て・・それでは稽古にならん・・ただの手合わせじゃ。」  晴海がそれを止めた。  「巴、軽く打って薙刀を打ち下ろされよ。  そこからが稽古じゃ。」  一同は不思議な顔をした。  一介の和尚と思った者が剣の稽古に口出しをしてくる。  「拙僧はな・・」  晴海は自分の杖を手に取った。  「これで鬼を打ち負かした。」  そう言ってトンと地面を突いた。  「鬼・・特に悪鬼と言っても二種類ある。  一つは妖術に優れる妖鬼。  もう一つは剣術に優れた剣鬼・・  儂が倒したのはそのどちらでもない者だが、それだけに魔術を使い、剣も使う。  一応、儂にも心得はある。  そなた等には敵わぬがな。」  頷いた巴がもう一度薙刀を構える。  その薙刀が兵衛に打ち落とされる。  その瞬間巴の手は脇差しを握り、抜こうとする。  しかしその時にはもう兵衛が持つ剣の切っ先は巴の喉元に突きつけられていた。  もう一度・・・巴が言う。  だが結果は同じ。  「剣を抜くのではない。  剣と鞘・・それを同時に動かす。」  そう言って兵衛は剣を鞘に収めた。
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