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一行は大和国、木部村に入った。そこは寒村で宿はなかった。
木造(こづくり)まで行きなせい・・村の嫗(おうな)はそう言った。
だが、もう既に日はとっぷりと暮れ、農家の牛小屋を借りるしかなかった。
翌朝、一行は奇妙な声を聞いた。
どりゃーっ・・・それは掛け声のようでもあり、人以外の叫び声のようでもあった。
晴海達は牛小屋の外に出た。
そこには袴を腿までまくり上げた男が剣を振っている姿があった。
晴海は一目でその男の力を見抜いた。
「お主、名は。」
僧の言葉に男は怪訝そうな顔をした。
「我等は将軍様の命を受け、諸国を行く者。
鬼を伐つ者を探している。」
晴海の表情を察した兵衛がすぐに声を掛けた。
それが何か・・・男の答えは素っ気ないものだった。
「我等と一緒に来ぬか。」
晴海はその顔に諭した。
「将軍様を護るとなれば、身の光栄であろう。」
晴海は畳み掛けた。
「それが真実(ほんとう)であれば・・
だが・・女連れのお前等がそれ程の腕を持つようには見えんがな。」
男は鼻の先で笑った。
俺が相手してみようか・・・紅蓮坊が前に出た。
「俺に勝てたら、ここに居る晴海和尚が直々にお前を将軍様に推挙しよう。
さもなくば・・・」
紅蓮坊はぺろっと自分の唇を嘗めた。
ふん・・男は紅蓮坊に剣をつけ、構えた。
それに対し、紅蓮坊はどんと六尺棒を地面に立てた。
男の攻撃は素速かった。が、無茶苦茶でもあった。
出所の解らぬ剣を受けるのに紅蓮坊は大慌てとなった。
ウオー・・紅蓮坊は雄叫びを上げた。
そこから彼は本領を発揮した。
打ち下ろされる六尺棒を男は剣で受ける。杖の柄は刃(やいば)の角度で切り折られるはずだった。
だが、斬れも折れもしない。
「残念だったな。
この棒には黒金(くろがね)が仕込んであってな。」
紅蓮坊は攻撃の手を緩めない。
遂にガキンと音がして、男の剣が折れた。
「待て待て・・参った・・・
剣がこうなっては・・・」
男は手にしていた剣を投げ捨て、降参を表した。
「そなた、名は・・」
晴海が尋ねた。
「木村一八(いつぱち)。」
「鬼を斬ったことはあるか。」
「鬼はないが、妖怪を斃したことはある。」
「妖怪・・」
晴海が怪訝そうな顔をした。
「この先の木造(こづくり)村に妖怪が現れた。
それを斬った。」
「どんな妖怪だ。」
「猫又・・二つに分かれた尾を持っていた。」
「それを斬ったのか。」
晴海の質問に一八は頷いた。
「だが、俺は逃げた・・二、三匹は斬ったが、その数は余りに多かった。」
逃げたのかい・・紅蓮坊が言った。
「それが賢明でしょう。
数には敵わぬ。」
その横から兵衛が被せた。
「妖怪退治に行きましょう。」
巴がすぐに言った。
その横では晴海が矢立を取り出し、紙に何かを書き付けていた。
「これを持って、京の前村兵部ノ丞數貫を訪ねるが良かろう。
そなたを召し抱えてくれる。」
一八はきょとんとした。
「そなたの力、京で生かしてみるが良い。」
「あなた方はどこまで・・」
「奈良まで行くつもりだが。」
「そこまで同道させてはくれまいか。
剣を求めなければ、如何に推薦を受けようと京にはいけぬ。」
晴海はそれを赦し、兵衛は当座の間・・と自分の腰の剣を渡した。
六人に増えた晴海達一行は木造(こづくり)村を目指した。
木造りと言うだけはあって、そこまでの街道の両脇には鬱蒼とした森が続いている。
その森の中から斧で木を伐る音が響いてくる。その音は不規則で、たどたどしかった。
ちょっと見てくる・・兵衛は森の中に入っていき、その後を雉が追った。
「何の益があるんだい。」
紅蓮坊は溜息と一緒にそれを見送った。
ガツ、ガツッと鈍い音が響いている。
それを頼りに兵衛は足を進めた。
「旦那、こっちですぜ。」
雉が兵衛を呼んだ。
雉は掃部ノ兵衛のことを旦那、紅蓮坊のことを坊さん、巴を巴殿、晴海を和尚様と呼んでいた。
兵衛はその声を追いかけた。
その目の前にたった一人で大木を伐っている老爺が見えた。
「何をして居る。」
兵衛は老爺に声を掛けた。
「ああ・・来年は十年に一度の氏神様の遷宮の年じゃ。
儂は三年前からそれに備えて木を伐っておった。」
「他の者達は・・」
「皆駄目になった。
男共は生気がない。
儂だけじゃよ・・こうして遷宮に備えているのは。」
「あんたは、木造村の者か。」
雉もその老爺に声を掛けた。
「ああ、そうじゃ・・・氏神様の社は渡部村にある。
儂等、木造の者が木を伐り、渡部の者達が社を造る。
だがそのどちらも男達は腑抜けになった。」
「手伝おうか。」
思わず兵衛は言った。
「そうしてくれると助かるが・・・」
老爺は口を濁した。
「何をやっているんだ。」
紅蓮坊の濁声が響いた。
「ここだ、ここだ。手伝え。」
それに兵衛が返す。
「爺さんが何をやっているんだ。」
紅蓮坊の声は辺りに響く。
兵衛は、老爺から聞いた委細を話した。
「渡部はまだましじゃよ。」
老爺が横から言う。
「まだ子供は元気じゃ。
木造では男は全て生気を抜かれ、女だけがはしゃいでおる。
木造を助けたい・・・だが儂にはその力はない。」
紅蓮坊が伐り倒した木がドーンと音を立てて倒れた。
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