14人が本棚に入れています
本棚に追加
木造村・・晴海達一行はそこに着いた。
老爺が言ったように男達は子供に至るまで生気の欠片(かけら)も見えなかった。
それに比し女達は、異様に元気が良かった。
それにいたる所で野良猫を見た。
猫又・・木村一八がそっと言った。
猫は五十年生きると怪描になるという。それが百年生きると尾が二つに分かれ、猫又となる。もし、それ以上生きると・・・
考えながら歩く兵衛に女がしなをつくって寄り添ってくる。
兵衛はそれを振り払った。
修験僧、紅蓮坊は艶を見せる女は久方ぶりに見た。
僅かに心が動く。
修行が足りんぞ・・紅蓮・・・自分で自らを戒めた。
「猫が多いのね。」
近くの女の子に巴は優しく声を掛けた。
「あんたも猫になってもいいんだよ。」
後ろから老婆の声がした。
慌てて振り向いた巴の目には青い空以外何も映らなかった。
「女共は猫又に取り憑かれている。
男達はそれに生気を抜かれ、女達は旅の男を誘惑し、その生気を喰う・・時にはその肉体も・・・
一八がこそっと晴海に耳打ちした。
「おなご全てか。」
「とは限らんが、殆どの者がそうだ。
だが取り憑かれているだけ・・人を喰う時だけ躰の中にいる猫又が現れる。」
どうやって倒す・・晴海は悩んだ。
女を全て殺せば、解決する・・だが、女達の肉体はただの人・・人を殺しても猫又は斃せない。
「私がやりましょうか。」
二人のひそひそ話に巴が割り込んできた。
「そなたに何が出来る。」
晴海は戯れ言を・・と言わんばかりに巴を睨んだ。
「女と猫・・それを引き離しましょう。」
そんな事が出来るのか・・と皆が猜疑の目で巴を見た。
全員の注目の中で、巴は胸元から一枚の呪符を取り出した。
巴の指先でその呪符は白く輝き、炎を発した。すると・・・
にやぁ・・数十匹の猫が女達の中から弾き出された。
「いっぺんにこんなにもか。」
木村一八は怖じ気づいた。
「私には・・」
巴は続けて二枚の呪符を取り出し、それを宙に放った。
呪符が醜い女の姿に変わる。
「黄泉醜女(よもつしこめ)・・私にはこんな味方もいます。」
現れた黄泉醜女は二体・・それぞれが五体の古めかしい衣装を着た戦人(いくさびと)を引き連れていた。
「そなたは・・・」
「遠い昔の陰陽師の血を引いている。
これぐらいのことは出来るよ。」
巴は笑い、呼び出した魔物達とともに猫又に斬りかかっていった。
御前試合の時感じた違和感はこれだったのか・・晴海はやっと納得した。
「あんたは偉い坊さんなんだろう。
喝・・とか言って妖怪を退散させられないのか。」
他の者達も巴と伴に戦っている中、一八(いつぱち)は晴海に抱きつくように近づいた。
「出来ぬことは無いが、今は倒すことが肝要じゃ。そうしなければ、また人に災いをもたらす。
その方も猫又を斬ったことがあるのなら、戦うが良い。」
訴える一八を晴海は突き放した。
仕方なしに一八は戦いに参加した。
小さな目標に六尺棒を振り回す紅蓮坊は手こずっている。兵衛は“”綾杉”の力もあり、次々と猫又を斃し、雉は小柄(こづか)を投げて、猫又を屠っている。
その中で一番活躍しているのは巴と彼女が率いる魔物達・・戦人(いくさびと)、黄泉戦は集団で猫又に当たり、黄泉醜女は単独で猫又を斃している。その戦いに一八は加わったはずだった。
おおよその猫又を斃し尽くし、兵衛達は晴海の下に集まった。
その中に木村一八の姿はなかった。
「あの野郎、逃げやがった。」
紅蓮坊が毒づいた。
「私の剣を持ったまま・・・」
兵衛は当惑の表情を見せた。
「儂の懐にある小銭も盗んでいったようじゃ。」
それらの人の真ん中で、晴海が苦笑いを漏らした。
「あの男、猫又を斬ったと申しておりましたが、和尚様の目にはどう・・・」
「それだけの力はあるようじゃった。
ただ解らぬのは剣の腕・・お主にはどう映った、紅蓮坊。」
「腕も何も、滅茶苦茶だったよ。」
紅蓮坊は嘲笑するように笑った。
「私にはそれ程酷いとは・・・」
巴が横から言う。
「兵衛・・どう思う。剣ではお前がこの中で一番。」
「解りませぬ。
ですが巴殿が言う様にそれ程酷いとは思えませぬ。
私には腕を隠していたようにも思えまする。」
「儂の推挙状も持っておる。
それを持って、兵部ノ丞に取り入ったとしたらどうなると思う。」
「あんな奴、御庭廻組どころか、京見廻組に入っても叩きのめされるだろうよ。」
「そうとも言えないでしょう。」
兵衛が紅蓮坊の言葉を即座に否定した。
「その木村一八ですが・・・」
雉が横から声を発した。
何か・・と言いたげな表情でその声の主に晴海は振り向いた。
「戦いの途中にあやつは姿をくらまし、南に走りました。」
「行き先は。」
「奈良と思いまする。」
「なぜお前にそんな事が解る。」
紅蓮坊が怒鳴るように問う。
「私には手、足、耳、眼が在ります。
それは私自身のものではなく、私に忠誠を誓う者達のものです。
そんな彼等が木村一八を追いました。
その結果・・・」
「貴方は何者なのですか。」
巴が声を上げる。
「以前も申した通り、甲賀の郷の・・」
「そこでの地位です。」
ははははは・・・珍しく雉は大声で笑い、その質問をはぐらかした。
「兵衛、あの者は京で通用する腕を持っているのか。」
その会話を晴海の声が遮った。
「それは解りかねます。」
「そんなもん解りきっているよ。
御庭廻組どころか、京見廻組に於いても奴の腕は下の下、そう易々とは・・」
「あやつは儂の推挙状を持っておる。
それがあれば數貫の側近に成り得る。
その腕が・・」
晴海は意味ありげに笑った。
最初のコメントを投稿しよう!