猫又騒ぎ

3/3
前へ
/111ページ
次へ
 木造村・・晴海達一行はそこに着いた。  老爺が言ったように男達は子供に至るまで生気の欠片(かけら)も見えなかった。  それに比し女達は、異様に元気が良かった。  それにいたる所で野良猫を見た。  猫又・・木村一八がそっと言った。  猫は五十年生きると怪描になるという。それが百年生きると尾が二つに分かれ、猫又となる。もし、それ以上生きると・・・  考えながら歩く兵衛に女がしなをつくって寄り添ってくる。  兵衛はそれを振り払った。  修験僧、紅蓮坊は艶を見せる女は久方ぶりに見た。  僅かに心が動く。  修行が足りんぞ・・紅蓮・・・自分で自らを戒めた。  「猫が多いのね。」  近くの女の子に巴は優しく声を掛けた。  「あんたも猫になってもいいんだよ。」  後ろから老婆の声がした。  慌てて振り向いた巴の目には青い空以外何も映らなかった。  「女共は猫又に取り憑かれている。  男達はそれに生気を抜かれ、女達は旅の男を誘惑し、その生気を喰う・・時にはその肉体も・・・  一八がこそっと晴海に耳打ちした。  「おなご全てか。」  「とは限らんが、殆どの者がそうだ。  だが取り憑かれているだけ・・人を喰う時だけ躰の中にいる猫又が現れる。」  どうやって倒す・・晴海は悩んだ。  女を全て殺せば、解決する・・だが、女達の肉体はただの人・・人を殺しても猫又は斃せない。  「私がやりましょうか。」  二人のひそひそ話に巴が割り込んできた。  「そなたに何が出来る。」  晴海は戯れ言を・・と言わんばかりに巴を睨んだ。  「女と猫・・それを引き離しましょう。」  そんな事が出来るのか・・と皆が猜疑の目で巴を見た。  全員の注目の中で、巴は胸元から一枚の呪符を取り出した。  巴の指先でその呪符は白く輝き、炎を発した。すると・・・  にやぁ・・数十匹の猫が女達の中から弾き出された。  「いっぺんにこんなにもか。」  木村一八は怖じ気づいた。  「私には・・」  巴は続けて二枚の呪符を取り出し、それを宙に放った。  呪符が醜い女の姿に変わる。  「黄泉醜女(よもつしこめ)・・私にはこんな味方もいます。」  現れた黄泉醜女は二体・・それぞれが五体の古めかしい衣装を着た戦人(いくさびと)を引き連れていた。  「そなたは・・・」  「遠い昔の陰陽師の血を引いている。  これぐらいのことは出来るよ。」  巴は笑い、呼び出した魔物達とともに猫又に斬りかかっていった。  御前試合の時感じた違和感はこれだったのか・・晴海はやっと納得した。  「あんたは偉い坊さんなんだろう。  喝・・とか言って妖怪を退散させられないのか。」  他の者達も巴と伴に戦っている中、一八(いつぱち)は晴海に抱きつくように近づいた。  「出来ぬことは無いが、今は倒すことが肝要じゃ。そうしなければ、また人に災いをもたらす。  その方も猫又を斬ったことがあるのなら、戦うが良い。」  訴える一八を晴海は突き放した。  仕方なしに一八は戦いに参加した。  小さな目標に六尺棒を振り回す紅蓮坊は手こずっている。兵衛は“”綾杉”の力もあり、次々と猫又を斃し、雉は小柄(こづか)を投げて、猫又を屠っている。  その中で一番活躍しているのは巴と彼女が率いる魔物達・・戦人(いくさびと)、黄泉戦は集団で猫又に当たり、黄泉醜女は単独で猫又を斃している。その戦いに一八は加わったはずだった。  おおよその猫又を斃し尽くし、兵衛達は晴海の下に集まった。  その中に木村一八の姿はなかった。  「あの野郎、逃げやがった。」  紅蓮坊が毒づいた。  「私の剣を持ったまま・・・」  兵衛は当惑の表情を見せた。  「儂の懐にある小銭も盗んでいったようじゃ。」  それらの人の真ん中で、晴海が苦笑いを漏らした。  「あの男、猫又を斬ったと申しておりましたが、和尚様の目にはどう・・・」  「それだけの力はあるようじゃった。  ただ解らぬのは剣の腕・・お主にはどう映った、紅蓮坊。」  「腕も何も、滅茶苦茶だったよ。」  紅蓮坊は嘲笑するように笑った。  「私にはそれ程酷いとは・・・」  巴が横から言う。  「兵衛・・どう思う。剣ではお前がこの中で一番。」  「解りませぬ。  ですが巴殿が言う様にそれ程酷いとは思えませぬ。  私には腕を隠していたようにも思えまする。」  「儂の推挙状も持っておる。  それを持って、兵部ノ丞に取り入ったとしたらどうなると思う。」  「あんな奴、御庭廻組どころか、京見廻組に入っても叩きのめされるだろうよ。」  「そうとも言えないでしょう。」  兵衛が紅蓮坊の言葉を即座に否定した。  「その木村一八ですが・・・」  雉が横から声を発した。  何か・・と言いたげな表情でその声の主に晴海は振り向いた。  「戦いの途中にあやつは姿をくらまし、南に走りました。」  「行き先は。」  「奈良と思いまする。」  「なぜお前にそんな事が解る。」  紅蓮坊が怒鳴るように問う。  「私には手、足、耳、眼が在ります。  それは私自身のものではなく、私に忠誠を誓う者達のものです。  そんな彼等が木村一八を追いました。  その結果・・・」  「貴方は何者なのですか。」  巴が声を上げる。  「以前も申した通り、甲賀の郷の・・」  「そこでの地位です。」  ははははは・・・珍しく雉は大声で笑い、その質問をはぐらかした。  「兵衛、あの者は京で通用する腕を持っているのか。」  その会話を晴海の声が遮った。  「それは解りかねます。」  「そんなもん解りきっているよ。  御庭廻組どころか、京見廻組に於いても奴の腕は下の下、そう易々とは・・」  「あやつは儂の推挙状を持っておる。  それがあれば數貫の側近に成り得る。  その腕が・・」  晴海は意味ありげに笑った。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加