覚醒

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覚醒

 「木村一八は晴海様の推挙状を手に數貫様の元に仕えたそうです。」  奈良の飯屋で雉(きじ)が皆にその情報を披露した。  「あはははは・・・  そうか・・愉快な男じゃ。」  「私の剣は呉れてやりましょう。」  兵衛も伴に笑い、新たに手に入れた剣を叩いた。  「なぜその剣が要るのですか。  剣はもう一振り持っていましょうに。」  巴が尋ねる。  「“綾杉”か・・」  兵衛は刀袋に入った太刀を引き寄せた。  「これは我が家の家宝。」  刀を抜いてみせる。  「見事な綾杉文様でござろう。」  自慢げにその太刀を見せる。  「この太刀はいざという時にしか使わぬ。  普段はこちらで・・・」  兵衛は“綾杉”を仕舞い、再び奈良で求めた剣を叩いた。  「ところで、あの木村一八という男・・どんな奴なんだ。  雉(きじ)、何か知らんか。」  「調べました。  紀州の農民の出のようです。」  「それであの構えか・・まるで鍬を構えたような・・・」  紅蓮坊は豪快に笑った。  「それでも最初は手こずったではありませんか。」  巴の声に、  「剣先がプルプルと震えておった。  最初は臆したかとも思ったが、どうもそうではないようだった。  そのせいか、どうにも剣の出所が判りにくかった・・それで攻めに出た。  まあ作戦勝ちだよ。」  「そこ元が言う様な下の下では無いと言うことだな。」  兵衛もその話しに加わった。  「かも知れん・・・」  「農民と言っても惰農・・いわばあぶれ者だったようです。  畑仕事をするでもなく、村中をぶらぶらと歩き回り、喧嘩ばかりをしていたようです。」  その横から雉が話した。  「あぶれ者か・・彼奴らしいな。  大方、喧嘩で金をせびっていたのだろうよ。」  「それが、ある時刀を手に入れた。  いつもの喧嘩の挙げ句、その刀で人を斬り、村を逐電しました。」  「そんな男だったのか。」  晴海は苦い顔をした。  「それでも、その後後悔したようです。  一応、人のためと称し、あちこちを歩いたようです。  その中の一つが例の木造村の猫又のようです。」  それを聞いて晴海は安心したように笑った。  「あれも俺達がいなければ片付かなかっただろうよ。」  紅蓮坊は得意げに言った。  「話しを聞いておれば・・あんた達かい。  要らぬことをしたのは。」  隣の席で徳利を傾けていた男がボソッと言った。  「要らぬことだと。」  紅蓮坊はいきり立った。  「ああ、要らぬことだ。  中途半端に猫又を斃し、その親玉を怒らせた。」  「待て、待て、木造の猫又は全て斃したはずだ。残りはいない。  その中には特に大きなものもいたぞ。それが親玉だろう。」  「特に大きな猫・・それが何だって言うんだ。ただ単にでかいだけだろう。」  その男は鼻先でせせら笑った。  紅蓮坊はその不遜な態度に席を立とうとした。  止せ・・それを兵衛が止めた。  「なぜ、そのようなことを仰る。」  「聞いていないのかい・・それこそ中途半端な証し。」  「知っていることがあれば教えてくぬか。」  兵衛は丁寧に頭を下げた。  良かろう・・とその男は応え、話し始めた。  「木造の惨状はあのまま変わってはおらぬ。」  なぜだ・・紅蓮坊が意気込んだ。  「さっきも言ったろう。  お前達の動きが中途半端だったからだよ。」  「先を続けては呉れぬか。」  また兵衛が言った。  「もっと悲惨なのは渡部村だ。」  男はグッと杯を空けた。  「渡部村・・・幾人かの男達は木造村と同じ様に見えたが、それ程は・・」  「渡部村はほぼ全滅したよ。」  全滅・・話しを聞く五人が唾を飲んだ。  「男も女も若いも老人もだ。」  「全てか。」  晴海が身を乗り出した。  「完全に全てでは無いが、全てと言えば、全てだ。」  なぜだ・・紅蓮坊が立ち上がった。  「何度も言わせるな。お前達の立ち回りが中途半端だったからだ。」  「教えてください・・渡部村は・・・」  巴も声を上げた。  「さっきも言ったように猫又の大群に襲われてほぼ全滅。ほんの一握りが山に籠もり、細々と生を繋いでおる。  それも時間の問題だろうよ。」  「行こう。」  突然、紅蓮坊が立ち上がった。  「そう急がずとも・・・」  晴海が制する。  「何を言いやがる。  俺達が失敗したなら、俺達がそれを取り戻さにゃあならん。  ぐずぐずは出来ん。」  巴もそれに同意を表した。  「まあ待て、まずはこの者の素性を聞こうではないか。」  晴海の声に、  ええい、話にならん・・紅蓮坊は巴と伴にすぐに店を出て行った。  「雉、二人の後を追い、留め置け。」  すぐに、晴海は指示を出した。  「その方、名は。」  「そう言うあんた等は何者なのだ。」  「将軍直々に言われ、鬼を・・・」  兵衛は慌ててその言葉を止めた。  「構わん。」  晴海は自分達の素性を明かした。  「私の名は芳川喜一郎。」  それに応じてその男も名を明かした。  「なぜそんなに物事を知っておる。」  「私にも仲間はおります。そやつらが集めた情報でござる。」  「我等と一緒には来ぬか。」  「お望みとあれば。」  喜一郎は軽く会釈した。  晴海に言われた雉は紅蓮坊と巴の後を追った。  だが、二人は早々に宿を引き払っていた。  「追え。」  雉は室内の影に向かって言った。  「状況に応じては、手を貸せ。」  雉はそこから飯屋に戻った。  雉が戻ると、晴海以下三人は丁度店を出るところだった。  「早二人は宿を払い、渡部村に向かっている模様。」  雉は手短に言った。  「晴海様は後から・・雉、頼んだぞ。」  兵衛は芳川喜一郎を眼で誘い、そこから駆け出した。
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