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「どこまで走るんだい。」
息を切らした巴が先を行く紅蓮坊に声を掛けた。
「渡部村に着くまでだ。」
そう言う紅蓮坊も息を切らしていた。
「一度休まぬか。」
巴の声が後ろから聞こえる。
「その間にも人が死ぬ。」
紅蓮坊は顎を上げながらも大声を上げた。
「このまま駆けても、向こうに着いた時には妖怪の相手はできぬぞ。」
それもそうか・・・紅蓮坊は急に走るのを止め、土の上に大の字になった。
巴もその横に突っ伏した。
「俺達が甘かったのか・・・」
「私達は知らなかった・・それだけのこと
・・」
巴もハアハアと荒い息を切らしながら答えた。
「雉という手駒を持ちながら調べが甘かった。」
「それを言いなさんな。
木村一八のことがあるまで誰もあの者の力を知らなかった。」
「だが、彼奴は木村一八の後は追わせていた。」
「雉も猫又のことがこうなるとは予想もしていなかったのさ。」
「まあ良い・・息は整ったか。」
紅蓮坊は半身を起こし、巴を顧みた。
行きましょう・・巴もまた身を起こした。
「猫又のことはよくご存じか。」
奈良の街中で馬を借りた兵衛は同じく馬上の芳川喜一郎に声を掛けた。
「猫は五十年生きると怪猫となる。百年生きると尾が二つに分かれ猫又となる。
それが二百年となると・・・」
喜一郎は後の言葉を濁した。
二人の馬が行く先、紅蓮坊と巴が走る姿が見える。
おおーい・・・その二つの影に兵衛が声を掛けた。
「馬に乗れ。」
二人を追い越し、馬を止めた。
「俺は女だな。」
喜一郎は巴を馬上に引き上げた。
紅蓮坊が跨がった兵衛の馬は行き足が鈍った。
「俺達を待つな。先に行け。」
兵衛の背中から紅蓮坊が叫んだ。
先に渡部村に着いた喜一郎と巴は馬から飛び降りた。
その目に映ったのは悲惨な光景だった。あちこちに死体が転がり、流れ出た血は大地を赤く染めていた。
「酷いな。」
喜一郎が一声漏らした。
「まだ生き残っている者達がいるかも知れない・・探すよ。」
巴が強く言う。
「待て。」
喜一郎はそう言って耳をそばだてた。
「あっちだ。」
僅かの時間を置いて、彼は森の中を指さした。
「なぜ解る。」
「微かに声が聞こえる。」
指さした先は、木造村の老人が言っていた翌年に遷宮を迎える神社がある所。
「何の神かは聞かなかったが、その力を借りて戦っているか。」
巴は一散に駆け出し、喜一郎はその後を追った。
小さな社が見える。それを猫又が取り囲んでいる。それを迎え撃つように社の軒下の桟敷に少年が立ち、二本の短い剣を構えている。
そんな中に巴と喜一郎が駆け込んできた。
大丈夫か・・・声を掛けながら巴は一匹の猫又を斬り斃した。
「助けてください。お社の中にはまだ何人もいます。」
少年は叫んだ。
待ってろ・・そう言って巴は懐から例の呪符を取りだした。
目の前に現れた黄泉醜女(よもつしこめ)の姿に少年は後退(あとずさ)りした。
「心配ない。味方だ。」
その姿に巴が声を掛け、その横では喜一郎が何匹目かの猫又を斬り斃していた。
それに力を貰ったのか少年は桟敷から飛び降り猫又を斬った。
そんな戦いの中に兵衛と紅蓮坊が乗った馬が到着した。
馬から下り様に紅蓮坊は六尺棒を横様に振った。
その一撃は宙に跳ねていた猫又を一度に三匹捕らえた。
兵衛も馬を降りる。その剣は早くも猫又を一匹斬った。
みんな強いんだね・・少年は安心したようにニコッと笑った。
その後ろ姿に屋根から飛び降りた猫又が迫った。
少年は振り向き様にそれを斬り捨て、勢い余って地面にペタリと尻餅をついた。
なかなかやるじゃない・・巴が笑顔を見せる。
その横から駆け出した喜一郎はまた二匹の猫又を屠った。
ウオーッ・・それでも減らない猫又に業を煮やしたか、紅蓮坊は思いっきり首に巻いた鉄数珠を振り回した。数匹の猫又を叩き伏せ、その数珠は地面を打った。
紅蓮坊が打った一点から土が波のように走り、次々と猫又を呑み込んでいった。
それを放った紅蓮坊は不思議そうに自身の手を見ている。
休まないで・・そう言いながら巴は薙刀を振った。
するとその刃は炎を放ち、数匹の猫又を焼き尽くした。
「どう言うことだ。」
兵衛が怒鳴った。
「“綾杉”を抜いてみて。」
叫ぶ巴の声に、兵衛は背に負っていた“綾杉”を抜いた。
抜き出した“綾杉”は青白く光っていた。
その剣を振る。
風が走り、その風に捉えられた猫又が数匹、ズタズタに斬り裂かれていた。
すごい・・それを見ていた少年が小躍りした。
その後ろに社の戸をほんの少し開け、その光景を見守る少女の眼があった。
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