前村大炊ノ介教貫(まえむらおおいのすけのりつら)

6/8
前へ
/111ページ
次へ
 教貫は得意満面であった。  大炊ノ介の名は得ていたが、幕府内では下役。それが将軍直々の命を受け、極秘の任務に就いた。表立ってではないが加増され手持ちの金子も増えた。それに、裏では幕府の公金も使える。彼の金遣いは徐々に荒くなっていった。  金の臭いを嗅ぎ付け女衒も寄ってくる。  悪い気はしなかったが、金は公金とは言え裏金、教貫は遊びはほどほどにしていた。が、酒はよく飲んだ。  そんなある夜、  「大炊ノ介様・・・」  彼を呼び止める微かな女の声が聞こえた。  振り向いた眼の先に立っていたのは、着物の襟抜きを大きく着こなし、小股の切れ上がった妖艶な美女だった。  「大炊ノ介様。」  今度ははっきり聞こえ、その美女は教貫ににじり寄って来た。  もう一度名を呼び、女の手は教貫の股間に添えられた。  その手を振り払おうとしたが、チロッと首筋を嘗める女の舌の甘美さに、教貫は抵抗できなくなった。  「こんな所では・・・」  それでも教貫は躊躇を示した。  「この先に小さな社(やしろ)がございます。」  女は彼の手を引いた。  女の性技は素晴らしかった。教貫は今までに経験したことのない快感を味わった。  「その方、名は・・・」  教貫は着物を整える後ろ姿に声を掛けた。  「行きずりの男と女・・名などどうでもよいことでしょう。」  女はホホッと笑った。  「また会えるか。」  「それはどうでしょう。」  着物を整え終えた女は社を出て行き、教貫はその後を追った。だが、社の外に女の姿はなく、彼は裸のまま境内に立ちすくんでいた。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加