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日々、公務は公務としてある。
教貫は武芸の見届け人を探し街中を歩き回っていた。
「長太郎。」
教貫は大槍を肩に彼の後ろを歩く男に声を掛けた。
斉藤長太郎は教貫の用人であり、槍の名手でもあった。
「誰ぞ噂は聞かぬか。」
斉藤長太郎は小首を傾げたが、すぐにポンと手を打った。
「そうでございます。
伊東玄白という武芸者が弟子を引き連れ、近々京の都に参るそうです。」
「儂も知らぬ噂をそちはどこで手に入れた。」
教貫の声に長太郎は顔を赤らめ、笑いでごまかした。
「まあ良い。
その男と会えるよう手配いたせ。」
そう言う教貫の眼の端に浅黄の着物を着た女の影がよぎった。
「長太郎・・そちは先に帰れ。」
突然の言葉に長太郎は驚いた。
「儂は今宵は帰らぬと妻に伝えておけ。」
「ご主人様はどちらへ・・・」
「公務じゃ。」
そう言い残して、教貫は京の街中に消えていった。
人混みの中、教貫は浅黄の着物の女を捜し求めた。
似た色の着物を着た者に手当たり次第に声を掛けた。
「私をお捜しです・・」
人混みを掻き分ける彼に後ろから声が掛かった。
「その方・・・」
「三日ぶりですね。」
教貫はその姿に駆け寄り、彼女の衣服に手を掛けようとした。
「まあ、まあ・・こんな所で・・人目もありましょうに・・・
それにまだ時刻も時刻・・」
彼女は教貫の手を優しく掴み、彼の耳朶に唇を寄せ、
「暮れ六つの鐘の頃に例の社で・・」
そう言って彼の耳朶に寄せた唇から、甘い吐息を吐きかけた。
御前試合の場所の設定、人員の配置、その他の公務も手に着かない。
教貫はじりじりと刻(とき)を待った。
「お先に帰り申す。」
自分の部下達が忙しく立ち働く中、彼はひと言掛けて役所を出た。
暮れ六つの鐘は間もなく・・彼は道を急いだ。
鐘とほぼ同時に教貫は社に入った。
以前とは違い、そこには褥(しとね)が敷いてあり、その上では女が艶めかしく着物から脚を出していた。
教貫はその脚にすがりついた。
「名を・・名だけでも教えてくれ。」
「まあ、まあ・・お侍様がそのような・・・」
女は妖艶な微笑みを見せた。
しかし、女は名を明かすことはなかった。
夜が明け、女はまた薄暗い中に消えた。
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