彼が隣の女性に声をかけるまであと5分

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妻は毎朝俺に1錠の薬を飲ませる。 結婚した頃にこれは何かと聞くと、 「あなたと私がいつまでも幸せに暮らせるようにするためのお薬」 だという。 俺はその言葉を聞いて、これは健康の薬だと思った。 それから数年、俺は毎朝この薬を飲んでいる。 妻は特別他の女より秀でたところはない。 なのに俺は妻を誰よりも愛している。 妻と出会う前は、あらゆる女を口説き、遊んでいたのに 今は妻だけだと心の底から思っている。 何故だろうと不思議に思っている。 仕事で出張する日の朝、 妻は「飲むことを忘れないでね」と念を入れたような声で言いながらいつもの薬を俺に渡した。 翌朝、妻の言うとおりに俺はホテルの部屋で薬を飲もうとした。 コップに水を注ぎ、薬を入れる。 そして中身を一気に飲もうとしたとき、 部屋に一緒に泊まっていた同僚が呆れたような声で言った。 「うわ、それ惚れ薬じゃないか」 「惚れ薬?」 「うん、それ一錠で丸1日は相手を夢中にさせることのできる薬だよ」 「本当か?」 「うん、その薬を渡したのって奥さん?いやあ、うまく君を操っているね」 俺は薬の入ったコップを見ながら昔の記憶を思い出す。 妻と最初にデートしたとき、俺は 「地味な女だな、別の女がいいや」 などと考えていた。 しかし、妻とレストランに行って、コップを飲んだ時、 急に妻がこの世で一番素晴らしい女性に見えてきたのだ。 更に記憶を前に戻すと、コップを飲む前に俺はトイレに行った。 妻はその時、一人テーブルに座って俺を待っていたはずだ。 俺のコップにこっそり薬を入れることだって十分可能だったはず。 結局、その日は薬を飲めなかった。 その夜、家に帰ったとき、妻は笑顔で俺を玄関で迎えた。 相変わらず、妻を愛していると思ったが 一筋の疑問が頭によぎった。 翌朝、俺はいつもより早い時間に家を出た。 会社に行くための電車に乗る。 俺の隣にはとても綺麗な女性が座っている。 まるで芸能人みたいだ。 俺は自分の腕時計を見る。最後に薬を飲んでから23時間55分。
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