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1話目 リアリティと地縛霊
◆
「リアリティが感じられない? 現実味がない? ふん。私に言わせれば、それこそ妄想だ。現実はリアリティを持っているのではない。
現実は、現実ゆえにリアリティを持つか持たないかという議論から、特権的に解放されているにすぎないのだ。
君がいかに奇妙な出来事に遭おうと、それは現実に起きた以上、リアリティが感じられないだの、現実味がないだの、言うだけ無駄だ。いかに君の理性が否定しようが、君はその『地縛霊らしき女』に出会ったのさ。それが現実であり、それだけが現実だ。前置きはいいから、その非現実的だという話の本題を早く聞かせてくれ、タケオ」
と顔も上げずに我がパートナー、バイスは僕にそう告げた。こういった反応は予想どおりではあるものの、僕としてはせっかく知恵を回して考えた話の枕を蹴飛ばされたような気分になってしまう。
どこまで行っても、目的に一直線な男なのである。
しかし、ここでやめるわけにも行かず、僕は促されたとおりに話を続けた。
「バイスはオカルト現象に遭遇したことはある?」
「ないな」
きっぱりとした即答であった。戸板と会話している気分になる。
「オカルトとされる体験をしたことが皆無だとまでは言わないが、そう言ったものは科学的にも説明がついてしまうものがほとんどだ。あとはそのうちのどちらの説明を信じるかという問題で、私は科学側につくというだけの話だな」
「なるほど」
実に明快である。
「でもね、バイス」
と僕は自分の中のモヤモヤとしたものを吐き出すチャンスを最大限に活用し、彼に食い下がる。
「世の中ではね、それ以前の、『科学的に説明がまだつかず、それをつけてほしい現象』というものが往々にして起こるものなんだ」
バイスはそこでようやく顔を上げた。
「ほう」
と言ってニヤリと笑う。
挑戦は受けて立つ。彼の信条の一つである。
「私に謎を解いてほしいのか?」
「僕的には話を聞いてもらうだけで十二分なんだけどね……」
「君がよくする自己嫌悪を全面に押し出した身の上話よりかは、いくらか楽しめそうだな。続けてくれ」
確かに、毎度のように僕が浅ましくいじましい人間であるということを伝えられるに、さすがのバイスも辟易としているのだろう。ストレートに聴衆の興味を引き、次は次はと急かされるような魅力的な会話を心がけるだけ心がけることにする。
「実は、先日の帰り道にコンビニで買った肉まんをほおばりながら、歩いてたんですが、」
「肉まん?」
「あ。ええ。前にも話さなかったっけ?そのコンビニのは何故か他のところよりもなんかおいしいんだよね。値段も普通だし、見た目も特別なところはまるでない、ウィキの肉まんの項目に載っててもおかしくないくらい、まあ普通なんだけど。僕が考えるに、おそらく中の餡に」
「話の腰を折って悪かった。先を続けてくれ」
語り足りない部分はあったが、バイスに正面から見つめられながらそう言われては仕方あるまい。かの肉まんの特異性を語る機会はまた別に回すことにしよう。
「そう、で、肉まんを食べながら歩いていたのは、住宅街の裏通りのほうで。わりと広めの道路がまっすぐと続くから見通しは全然よくて。その時間は、犬の散歩なんかはわりに見かけたのに、その時はなぜか人影がまったくなかったんだよね」
「なるほど。夕暮れ時、人影のない道……か。
いかにもなシチュエーションだな」
「確かに、頭を空にして味覚のみを働かせるのに、絶好のシチュエーションだね」
「……わざととぼけているのか?」
「違う違う、ここから本題に入るから……」
「で、何が起きた?」
「はい。まさにその瞬間に僕はそこで、」
◆
「僕はそこで、いきなり誰かにぶつかったんだよ」
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