【S木ユウジ】

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【S木ユウジ】

 プシュッ。ロング缶のビールを開ける。型落ちのクーラーがカビ臭い冷気を吐き出し、年代物のCDプレイヤーはガサついた音でユーミンの歌を流している。俺の最期の場にふさわしい陰気な部屋だ。  最低な人生だった。ド田舎に産まれ、ド田舎から脱出することも出来ず40年。田舎の狭いコミュニティでは、貧乏人に産まれたら一生貧乏人として生きなければならない。集落の連中は、貧乏人が金を稼ぐのは悪だと思いこんでいるからだ。そういう訳のわからないルールに縛られ、進学も出来ず、うだつの上がらない人生を送ってきた。  テレビをつけると、深刻な顔をしたアナウンサーが、国際倫理がどうのとか専守防衛がどうのとかを話している。ミサイルの迎撃には失敗したらしい。まあ、あと5分でこの腐った町が消滅するなら、俺はそれでも良い。 「S木、()るっちゃろが! 出てこんか!」  乱暴に玄関を叩くのはI島だ。俺の親父はI島の親父に借金をしていて、それでI島は俺に威張り散らし、俺も人生をI島の奴隷として消費してきた。この狭い田舎町で……俺の人生は、一体何だったんだろうか。  俺は立ち上がり、玄関の鍵を開けた。 「S木、ニュース見たか。どげんこつや、ミサイルって!」  ニュースで流れている以上のことを、俺が知っているわけがないだろう。それでもI島は俺を脅さずにいられないのだ。不安から逃れるための手段を、他者を虐げるという行為のほかに知らない人間。そう思うと、憎いはずのI島もどことなく哀れに思えてくる。 「おいS木! 聞いとるんか、グズ!」  いや、やっぱムカつく。  俺はI島の顔を思い切りグーで殴った。I島は「ぶえ」とおかしな声を上げて尻もちをつき、飼い犬に手を噛まれた間抜けの表情で俺を見上げる。  そのまま何も声をかけず、俺は玄関のドアを閉めて施錠した。やってやった。そろそろミサイルは着弾するだろうか。  今度はテレビの前じゃなくて親父の仏壇の前に座って、冷たいビールを一気に流し込んだ。  音割れしたユーミンの歌が、隣の部屋から聞こえるアナウンサーの声を遮ってくれる。胃の奥から、ゲップだか嗚咽だか分からないものがオエエッと吐き出された。
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