58人が本棚に入れています
本棚に追加
キーンコーンカーンコーン。
聞き飽きた鐘の音がスピーカーを通して校舎の至るところで鳴り響く。時刻は九時五〇分。
ちょうど二時限目の授業が始まる時間だった。教科は数学。うちの中学の数学の授業はテストの点数、授業態度、提出物など諸々の観点から振り分けられた特定のクラスで勉強をする必要がある。
上からアドバンス、ジェネラル、ベーシックの三クラスだ。ちなみに俺が所属しているのはジェネラル。真ん中のクラスだ。
これにも色々と箔が付くエピソードがあるのだが、話が複雑になるので今は省くとしよう。
「ねぇ、久部良くん。授業始まっちゃったよ?」
授業開始のベルの音が鳴り止むと耳元で心配げに揺れる声がひとつ。俺はまるで聞こえなかったと言わんばかりに文庫本のページを一枚めくって答える。
「今いいとこなんで」
“いいとこなんで”などと口にするいい加減な口は一体誰のものだと問い詰めたくなるほどに、真剣に読んでもいない本を両手で抱き込んで“読書のフリ”をつづける。
「バレたら先生が怒られるんだけどなぁ」
「俺のために怒られてください」
俺のその言いぐさにメガネをかけた女性は大きなため息をひとつ吐いて、両腕も肩からがくりと垂らしてパイプ椅子に座りこんだ。
「……はぁっ、今日だけだからね?」
場所は閑散とした図書室のカウンター。見渡す限りに立ち並ぶ本の山、鼻の奥をつんと刺激する紙の臭い、窓から差し込むやわらかな陽の光。
なにひとつ珍しいものなどない。見慣れて、見飽きて、慣れ親しんだ、どこの学校にでもある有り触れた図書室の光景が俺は無性に好きだった。
隣では司書の山口先生──通称グッチーが事務の仕事をこなしている。
いつもきちんと授業を受けなさいと優しく諭してくれる先生ではあるが、俺が頑なに本から手を離さなければ、魔法の言葉『今日だけだからね?』を発動して図書室に居座ることを許してくれる押しに弱い一面を持っている女性だ。
最初のコメントを投稿しよう!