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等間隔で脈打つ壁掛け時計の音をバックミュージックに、文庫本のページを一枚ずつ捲る。
今読んでいるのは北村薫の『円紫師匠とわたし』シリーズの一作だ。日常ミステリに分類される内容で、人が死なないながらも繰り広げられる意外性あふれる謎解きと、そこを通じて成長するキャラクターを描いた青春小説としての二面性を持ち合わせた名作である。
俺が少しずつとは言え、読書をするようになったのは中学二年になってからのことだった。
生来、活字を読むのが好きではなかった俺が幼い頃から触れていた活字などせいぜい漫画にライトノベルくらいなもので、一般書籍に見向きもしなかったのは生まれ育った環境が要因なのかもしれない。
そんな俺に読書の面白さを教えてくれたのが他でもないグッチーで、授業を受けないならせめて読書をしなさいと『教育者としてそれはどうなんだ?』と首を傾げかねない謎理論を展開しては、彼女は二言目には俺に読書の尊さを説いたものだった。
けれど、俺が一番初めに惹かれたものがあるとするのなら、それは本を読むという行為ではなく、グッチーが嬉しそうに、楽しそうに、作品の感想を語る姿だったのではないかと今では思う。
自分のことではないのに。生きている人のことですらないのに。
作り物に息を吹き込むのはいつだって作者だが、それ以外の人も息を吹き込むことができるのだと知ったのはそのときだったから。
「グッチーはさ、中学時代ってどんな学生だった?」
「わたし? そうだなぁ……ってグッチーって呼ぶのやめてくれる? こんなでも一応センセイなんだからね?」
「いや、グッチーはグッチーでしょ。みんなそう呼んでるじゃん」
「いやいやぜんぜん呼んでないからっ! 久部良くんにしか呼ばれたことないからっ!」
「流行ると思うんだけどなあ。で、お嬢さん、学生時代はいかがお過ごしで?」
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