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「おい久部良。お前は何度言えば分かってくれるんやろうなあ」
切れ長の瞳にオールバックといった如何にも強面な大柄の男が、汗の染み込んだスポーツウェアを肩口まで捲り上げて威嚇するように重低音を響かせた。
まだ春先だというのに袖を捲り上げているのはご自慢の筋肉を披露したいからだろう。暑っ苦しくてヤになっちゃうこと請け合いだ。
「いやいや先生、わたくし一回言ってもらえれば理解はしますとも」
「ドアホがッ! わかっとるんやったらこんな場所に何回も来るなっちゅーのに!」
使い古されたテーブルに熊のように大きな手のひらが落ちて甲高い音を響かせた。
ここは生徒指導室──またの名を、不良学生更生収容所。北村中学の最西端。講義棟の最奥に位置する日差しも差し込まない独房のような一室だ。
そこに俺こと久部良倫は呼び出されてちょうど反省文を書かされている最中だった。
手渡された四〇〇字詰めの原稿用紙にすらすらと文字を書き入れていく。今回のお呼び出しの理由は授業中にポエムを書いていたことに起因する。
べつに誰かに愛のラブレターを綴っていたわけではないし、友人に日頃の感謝を書き連ねていたわけでもなければ、あの育児放棄スレスレの放任ママに大きくしてくれてサンキューね~と皮肉を込めていたわけでもなかった。
教卓から聞こえてくる、ともすれば子守唄にも出来てしまえそうな英単語のくり返しを聞き流しながら延々と考えていたのはオリジナル曲の歌詞だった。
隣のクラスにとんでもなくベースの巧い奴がいる。昨年、入学したばかりの学校で耳にタコができるほど聞いた噂話と言えばそれだった。
当時の俺はそれこそ尖りに尖って自分を中心に世界が回っていなければいけないんだと謎の使命感に駆られるような少年だったから、そのベース野郎が羨ましくて仕方がなかった。ゆえにソイツを俺の右腕にすべくバンドを始めることになるのだが、それはまた別の話。
「それにしても」
生徒指導の担当教諭である川崎が重たげな唇を持ち上げた。
「なんですか?」
「お前は楽しそうに文章書くヤツやなぁ」
「よく言われます。好きなんですよね。去年やった学祭の演劇の脚本でも、自分たちのバンドの歌詞でも、それこそ反省文や陳謝文でも。文字を書いてると落ち着くんです」
気づかせてくれたのは一人の少女だった。人一倍か弱く、今にも消えてしまいそうな彼女の言葉をもう何年も経ったというのに未だに思い出すときがある。
まあ、これもまた別の話なのだけど。ついつい、べつの話ばっかしてしまうのが九部良倫。ここテストに出ます。覚えておくように。
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