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「いや、でもなでもな、曲を選ぶのって大変じゃないか? クラスのみんなで選ぶと喧嘩になるかもだし? だから仕方がないから先生選んできちゃった? どう、大丈夫だよな?」
あんたが選びたかっただけなんだよなぁ。これに関してはクラスの連中も顔を見合わせては軽く首を捻っている様子が見受けられる。
せめてもの妥協案としては数曲に絞って、その中から生徒に選ばせるのが良かったんじゃないのかという苦言は誰も口には出さない。
角を立てない。波は荒らさない。教室の中で働く無言の圧力に抗うものは誰一人だっていない。
その空気感に何を感じ取ったのか、対照的にうんうんと微笑ましげな顔で頷く林はある意味で尊敬できると思いました、まるっ!
「曲は、何をやるんですか?」
挙手をして真っ先にクラスに伝播する疑問を解消しようとしたのはクラス委員の田中さんだった。
これはナイスアシストだった。決まってしまったものは仕方ない。ここで林が『硝子の少年』などと宣言したのだとしても、俺たちは合唱コンクールで『ガ~ラスのしょ~ねんじ~だいのっ♪』と歌わないといけないのは目に見えている。
この人が俺たちの意見を聞くはずがないだろうというのはクラスが発足して一ヶ月ほどしか経っていない現段階でもみんな何となく想像はできていた。
「──夢の雫」
だから、林がまともな合唱の定番曲を口にしたのは俺にとって意外だった。
夢の雫は混声三部によるポピュラーな合唱曲のひとつだ。青春時代の回想がテーマとなっている一曲で、あの日の思い出があったからこそ今がある。素場らしい未来への一歩を踏み出そう。
そのような内容を自身の過去と現在を照らし合わせる形で曲に落とし込んだ合唱曲だ。ちなみに俺も曲構成や展開もドラマチックで結構好きな曲だ。合唱曲って探してみると意外といい曲が多かったりするんだよなあ。
「いやあ、先生はこの曲を作った作曲家さんが大好きでね、他の曲だと『また、あの歌声が聴きたくて』とかがあるね。この『夢の雫』も難しい曲ではあるんだけど君たちにはぜひ挑戦してもらいたいと思っていてね。どうだい?」
クラスの中には隣同士で手を叩き合っている者やピンときていないのか耳の穴を小指でかっぽじっている者と多種多様な雰囲気だった。
合唱コンクールなんてそんなものなのかもしれない。とくに男子は声変わりの季節だから女子はいいね~ってなってる。あると思います。
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