第一話『九部良倫と合唱コンクール』

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 ダイちゃん評を耳にして俺が思うことは伴奏を誰が担当するかの一点だ。  例年で考えるなら、指揮は音楽の担当教師が振ることになるだろう。伴奏と呼吸を合わせて合唱の土台を支えるのは恒例行事と言って違いない。  ただ、伴奏は生徒から選抜するのがこの学校の伝統となっているから、自然とピアノに現在進行形で触れている者、かつての経験者が抜擢される傾向がある。  特筆するようなピアノの技術がある生徒か……。  ぐるりと教室を見渡してみても思い当たる生徒がいない。それはピアノ経験者がクラス内にいないことを意味しているわけではなかった。  はっきり言って、俺がカケラも興味なかったのだ。クラスの誰が頭が良くても俺には関係ない。誰がスポーツ万能であっても、それだって俺には関係ない。  心に火が点けば、それが他人事だろうと特急列車のごとくノンストップで走り出すくせに、火種がなければ周囲に興味を持てないのは俺の悪いところとも言えた。  だから、そうなるのは必然で。そうなることを俺よりも先に察知していたからこそ、ダイちゃんは話を早々に切り上げて物語の世界に逃げ込んだのだろう。  後ろを振り返って、それとなく様子をうかがう。  気づいているくせに、その表情は普段よりも凛と引き締まったものになっていて、これ以上は話しかけてくるなという拒絶のオーラが漂っている。  理由は明白だ。ほんの口先まで出かかった『難しいんならダイちゃんが弾けばいいじゃん』という提案を聞きたくなかったからだ。  そう、ダイちゃんは去年ベース関連のことで面倒くさい羽虫に『一緒にバンドやろうぜ!』とか『君のベースに濡れた。責任を取ってくれ!』とか。  来る日も来る日も迫られた経験を持っているからだ。あのときのトラウマが今も尾を引いて、極力目立ちたくない気持ちがあるのだろう。ほんとその面倒くさい羽虫、後先考えて行動しろよ。  ……それ俺やんけ。キエエエエエエエエエ!!
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